終末期の医療・ケアについての意思表明書と言われる「リビング・ウイル」。がん医療の権威で終末期医療に詳しい、愛知県がんセンター名誉総長の大野竜三医師の両親はリビング・ウイルを書き、延命治療をしないという選択を選んだという。その実態とは……。

*  *  *

 私は2000年ごろからリビング・ウイルによる生前意思表明を推奨していますが。実は他界した私の両親もこの考えに賛同し、リビング・ウイルを書き残していました。

 父は胆管がんを患い、3年間の闘病を経て01年に89歳で自宅で亡くなりました。近所のかかりつけ医に往診してもらい病状を把握してもらっていたため検視の問題も起きず、最後までボケなかったので、リビング・ウイルを提示するまでもありませんでした。

 ところが94歳で亡くなった母のときは違いました。直腸がんだったのですが、がんとは直接関係ない病状で緊急入院した後、急に認知症が進みました。入院の3、4カ月前までは自分で料理もするほどしっかりしていたのに、入院後1、2カ月で理性的な判断ができなくなってしまったのです。

 しかし入院前に本人が毛筆で書いていたリビング・ウイルを病院に渡すことで、無意味な延命治療はされませんでした。厳密にいえば水分と栄養補給の点滴が少しされたのですが、それでももしリビング・ウイルがなければ母が苦しむ時間はもっと長びいたことでしょう。母は点滴が大嫌いでしたし、高齢になると血管も細くなり針が入りにくく針痕から出血することもあります。よけいな苦痛をとりのぞくことができた、と身をもって感じました。

週刊朝日 2012年12月21日号