円高により製造業は国内での事業活動に対するインセンティブを見出せず、工場はますます海外に移る。日本人の職場は失われ、就職も苦しくなる。だが投資助言会社「フジマキ・ジャパン」の代表、藤巻健史氏は、円高の被害はそれだけに限らないと指摘する。

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 タクシー(小型)の初乗り料金が430円と、東京の710円の6割という安さにまずは驚いた。11月、沖縄・石垣島に行ったときの感想だ。年配の運転手さんが言った。

「観光立国・沖縄はいま大変なんだよ。昔は、競争相手は北海道だけだったけど、いまは海外に安く行けるようになったからね」

 まさに円高のせいで、グアムやハワイが競争相手にのし上がってきたということだ。

 円高のダメージというと、大多数の方は輸出業者のことしか考えないが、円高でダメージを被るのは、なにも輸出業者だけではない。観光業は日本国内の景気がよくなると元気になる内需産業だが、円高はホテル、レストラン、タクシー、観光バス、土産店などに携わる人たちにも大打撃なのだ。石垣港に近いマッサージ店のおばさんが言っていた。

「神戸から嫁いできて驚いた。ダンナの給料が本土の2分の1でしかない」

 観光客が減りお金を落としてくれなくなれば、給料を減らすかクビを切るしか企業の生き延びる道はない。「物価が安いから、それでも生活はそんなに苦しくないのでは?」と聞いたら、「冗談じゃない。子供を東京に出せば学費や家賃の支払いが大変だし、神戸の実家にも飛行機代が高くて帰れやしない。学費や飛行機代は全国共通だからね」だそうだ。

「円高は輸入産業によい」というパブロフの犬的な発想はやめたほうがよい。

週刊朝日 2012年12月21日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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