“無実”の窃盗罪で服役した元地方公務員男性が11月27日、東京高裁に裁判のやり直しを求める再審請求をした。

 長野県諏訪市の元職員Aさん(44)は2005年5月10日、長野県議に同行して国会陳情を終え、新宿発松本行きの最終特急列車「あずさ35号」に乗った。そこで女性のバッグから財布を抜き取ったとする窃盗容疑で逮捕されたのである。

 裁判では、財布についた指紋など物的証拠はなく、Aさんがバッグから財布を抜き取るのをホームから見たとする被害者女性と知人男性(ともに当時18)の証言が唯一、容疑を立証するものだった。Aさんは「(女性側の)言いがかりだ」として一貫して無実を主張した。一審の東京簡裁は無罪の判決を下したが、検察側が控訴。二審の東京高裁は逆にAさんの主張を退け、逆転有罪とした。

 今回、弁護団は三つの新証拠を「無罪を言い渡すべき新たな証拠」として東京高裁に提出した。

 まず、あずさ35号と同型車両を使って計測した結果、被害者女性の立ち位置から犯行を目撃するのは物理的に不可能だったとする工学専門家の意見書。

 そして、新たに出た目撃者の供述だ。裁判で、双方の供述で大きく食い違ったのが、「財布を取った」「取らない」でAさんと被害者女性の知人男性が言い争った場所だ。車両内の「通路」だったとするAさんに対し、知人男性は「デッキ」だと主張していた。

 控訴審後、Aさんらが中央線沿線で配った目撃者探しのビラを見て、一人の目撃者が名乗り出た。言い争っていた場所は、Aさんの言うとおり「通路」というものだった。

 もう一つは、指紋に関するものだ。被害者の供述しか有罪を立証する決め手がないこの事件で、担当刑事は、財布の指紋採取はしていないと証言した。財布の材質が革で、指紋が採れないためだったとされているが、弁護団は今回、被害品と同一の高級ブランド財布から指紋採取が可能だという指紋鑑識の専門家の鑑定書を提出した。

 Aさんの事件は、11月に再審無罪となった東電OL殺害事件のように、世間の注目を集めるものではないかもしれない。しかし、そこには刑事司法に対する重大な問いかけがある。

「自白さえあればいい」と、ひたすら圧力をかける捜査機関。Aさんを取り調べた東京地検の副検事は、Aさんの携帯電話にあった子どもの写真を見せ、「この件を近所に言ったら(子どもが)可哀想だよな」と自白を迫ったという。こうした強引な取り調べは、いまも野放し状態だ。

週刊朝日 2012年12月14日号