中学、高校と演劇一筋。渡辺えりさんは23歳で劇団を主宰、28歳で岸田國士戯曲賞を受賞した。同じころ、NHKの連続テレビ小説「おしん」で大ブレークするが、その後仕事の依頼が激増したという。当時をご本人はこう振り返る。

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 アルバイト先の飲み屋で、客が「おしんのあの人は、本物の山形のおばちゃんを連れてきたんだよな」と話していて、「私です」と言っても信じてもらえなかったんです。「おしん」のあとは映画やテレビから女優としてのオファーが殺到しました。でもお断りして劇団を続けてました。

 いまでもときどき考えるんです。あのとき劇団を解散して、女優一本でやっていたら大スターになってたかもしれないって(笑)。金銭的にも豊かになっていたでしょうしね。だって劇団をやっていると、出ていくお金のほうが多いですからね。でもやっぱり劇団のほうを選びました。劇団をやめることなんてできませんでした。本当に劇団を愛していましたから。それに私が書く作品のほうが、どんな映画よりもおもしろいんですから(笑)。そう思っていたからこそ、劇団を続けられたんですね。女優業だけに絞っていたら、たぶん人生が変わってたと思うけど、いまとなっては、どっちが幸せだかはわかりませんよね。

週刊朝日 2012年12月7日号