ウィンブルドン選手権などテニスの4大大会に62回連続で出場し、「鉄人」と呼ばれた元プロテニスプレーヤーの杉山愛さん。2009年に引退するまでの17年間のプロ生活の中で転機を迎えた時、母の言葉が支えとなったという。

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 私自身の一大転機となったのは00年です。25歳のころですね。ダブルスでは世界ランク1位になったのですが、シングルスは大スランプ。自分のテニスを見失って、打ち方まで分からなくなった。続ける意味はないんじゃないかと思って、初めて引退を意識しました。そのときも母に打ち明けたのですが、当時は、

「あなた、これじゃ何をやっても、きっとうまくいかないわよ」

 と言われました。そう言われても、私には頑張り方が分からなかった。それで、どうすればいいか見えてるの、と聞くと、

「見えるわよ」

 と言うんです。その言葉に、どれだけ励まされ、力をもらったか。真っ暗闇の中に灯った小さな光に感じましたね。当時は外国人コーチについていたのですが、この言葉に飛びつき、母にコーチをお願いしました。自分で自分を信じるよりも強く、母が私のことを信じてくれていたのです。

 引退後に、「見えるわよ」の意味を母に尋ねました。すると、こんな言葉が返ってきました。

「どうやったら、あなたらしさを取り戻せるか。その道筋が、私には見えてたのよ」

 テニスに取り組む姿勢が変わったのは、それからです。結果に一喜一憂していたのが、その結果が出た意味とか、結果が私に何を伝えようとしているのかという、もうちょっと深いところに目を向けるようになりました。

週刊朝日 2012年11月23日号