本格的にリタイアし始めた団塊世代の間で、江戸城下町の寺社を歩く「御府内八十八カ所めぐり」が人気を集めている。

 お遍路というと、誰もが真っ先に頭に思い浮かべるのは四国八十八カ所だろう。いつかは空海(弘法大師)ゆかりの札所寺院を回りたいと願う人は多い。御府内八十八カ所めぐりは、そうした人たちが都内でも巡礼できるようにと、江戸時代中期の宝暦年間(1751~64)に考案された。御府内とは、江戸時代に江戸城を中心に町奉行の管轄下にあった、品川、四谷、板橋、千住、本所、深川より内側の地域を指す。

 なぜ、多くの人がハマるのか。今年8月から御府内八十八カ所めぐりを始めた60代男性はこう語る。

「それぞれのお寺に長い歴史があり、歴史上の人物がかかわっているお寺も多いので、身近で日本の伝統と文化を感じられるんです。『こんなところにこんなものがあったのか』と発見があるのも楽しいですね」

 男性はすでに、50力所以上を回った。休日になると最寄り駅まで電車で行き、その界隈のお寺を何カ所かまとめて参拝するという。

東京お遍路 大江戸めぐり』(主婦の友社)の著者で作家の林えり子さんは生まれも育ちも東京という生粋の“江戸っ子”だ。御府内八十八カ所を回るうち、失われかけている江戸の面影を見つけることができたという。

「東京は戊辰戦争、大震災、大空襲などでたびたび焼け野原になりましたが、42番札・観音寺の築地塀(ついじべい)や84番札・明王院の本堂などでは、かすかに残る江戸の片鱗(へんりん)を見た思いがしました。東京は江戸開府以来、全国から人が移り住んでおり、それは現在も続いています。その人たちも、いつか東京が故郷になる。彼らの愛郷心の芽生え、という意味でも御府内八十八カ所は効果的ではないでしょうか」

週刊朝日 2012年11月16日号