この2人に掲げられた「国家戦略」の看板。今ではブラックユーモアとしか思えない (c)朝日新聞社 @@写禁
この2人に掲げられた「国家戦略」の看板。今ではブラックユーモアとしか思えない (c)朝日新聞社 @@写禁

 2009年衆院選で308議席を獲得し圧勝した民主党。あの歴史的政権交代から3年が経ったが、首相はの目のように代わり、国民からの期待は地に落ちた。なぜこんなことになってしまったのか。ほぼ全期間を通じて、権力の中枢で政権運営を担った民主党の古川元久衆院内閣委員長(46)が、悔恨を込めて失敗の原因を振り返った。

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 選挙中に吹いていたのは民主党を支持する風というよりむしろ、自民党があまりにダメだから1回代えようという風でした。

 民主党のマニフェストを見て、「こんなにばらまいて財源は大丈夫なのか」という批判は当時から少なくなかったので、私は「政権を取ったら精査します。このまま全部やるということではありません」と申し上げていました。

 ところが衆院選で勝ちすぎてしまい、鳩山内閣の支持率も70%を超えました。みんな興奮状態で、私自身も午前2時に寝ても4時に目覚めてしまう。そして「何でもできる」と思ってしまったんです。

 本当は、鳩山首相の下で官邸がしっかりとグリップしなければいけなかったのに、内閣が発足した途端に各大臣がバーッと走りだし、制御不能になりました。まるで、真珠湾攻撃に勝った勢いで、前線の大将たちが後先考えずに戦線を拡大した旧日本軍のような有り様でした。

 結局、緒戦で戦線をめいっぱい拡大してしまい、その補給線をどうするかという準備ができていませんでした。そのため、菅政権以降は、延びきった戦線をどう整理・縮小していくかに相当のエネルギーを使わざるを得ませんでした。

週刊朝日 2012年11月9日号