俳優の古田新太氏は20代の頃、大阪での演劇活動のかたわら、文章を書く仕事もしていた。そこから次第に東京にも仕事で呼ばれるようになり、大阪と東京で家を借りW生活を送ることに。当時の生活は実にシンプルでワイルドだったようだ。

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 東京の部屋には何もなかった。布団とラジカセ、ファミコン付きTVと電話。そして、中華鍋。この5つしかなかった。冷蔵庫は近くにコンビニがあったからいらねーなと思った。掃除機もないけど、足で掃けばいい。洗濯機も幸い近くにコインランドリーがあったし。ましてテーブルなんて、毎日外食してるわけだから、必要ねえやって感じである。

 しかしながら、本当に時々、友達が遊びに来たりする。コンビニでつまみを買って、バーボン買って、氷買って、いざ飲むのであるがコップもない。しょうがないので口に氷を含み、バーボンを回し飲みで口に入れ、頭を振って、口の中でロックにして飲むという“男同士間接キッス飲み会”みたいなことをしていた。していたのは、いまやドラマで偉くなっちゃった、フジテレビの長部(聡介・ドラマ制作センター部長)である。付き合ってくれてありがとう、おさべっち。

週刊朝日 2012年10月26日号