本屋大賞を受賞し、単行本と文庫を合わせ150万部の大ヒット作となった時代小説『天地明察』。映画化され、9月15日の公開が待たれる本作の作者である冲方丁(うぶかたとう)さんは14歳まで海外で暮らしていた帰国子女だったという。作家の林真理子さんとの対談では、その知られざる修業時代、そして最新作『光圀伝』について語っている。

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林:前から時代小説はよく読んでいたんですか。

冲方:いえ。でも、読んでいなかったわけでもなくて、隆慶一郎先生や池波正太郎先生の作品は、文章の勉強のために拝読しましたし、がんばって書き写したこともありました。

林:いまどきめずらしいですね。

冲方:ただ、その分、読むのが遅くなりますね。書き写すときは、2、3冊同じ本を買ってきて、ページをバラバラに分解しちゃうんで。

林:ビックリだな。冲方さんって、『天地明察』で突然あらわれたスター作家みたいに思われているけど、文学青年としてちゃんと修業を積んでいるんですね。

冲方:ジミ~に10年やっていました。(笑)

林:今度は新作の時代小説『光圀伝』をお書きになったとのことで、読ませていただきました。『天地明察』を書いているときに、水戸光圀がおもしろいと思ったんですか。

冲方:担当さんに「次、光圀はどうでしょう」と言われて、「いいかもしれませんね」なんて言ったら、本屋大賞の授賞式でビラを配りまくって、「光圀をやります」なんて言っているので、それでやらなければいけなくなったんです。(笑)

林:光圀の青年時代からお書きになっているけど、あんなに激しい性格の人だと思わなかったですよ。おじいさんになってからの「黄門さま」のイメージしか知らなかったから。

冲方:こういう人なんだろうなと思ってふつうに書いたら、「(ドラマの)水戸黄門と全然違う」と言われました。僕は帰国子女で、子どものころ日本にいなくて、ネパールやシンガポールといった、発展途上国にいたので、実はドラマの「水戸黄門」を見たことがなかったんです。

※週刊朝日 2012年9月21日号