報道カメラマン石川文洋氏が見た「沖縄」負の遺産 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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報道カメラマン石川文洋氏が見た「沖縄」負の遺産

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 沖縄で生まれ、本土で育った報道カメラマン・石川文洋氏。ベトナム戦争にも従軍取材した経験をもつ石川氏が、ベトナムで感じた故郷・沖縄とのつながりを語った。

*  *  *
 1965年から約4年間、フリーカメラマンとして南ベトナムのサイゴン(現ホーチミン市)に滞在して従軍取材をした。65年3月、沖縄から米海兵師団が派遣され、それから続々と兵力が増強された。

 私も沖縄から来た、と言うと、「コザの『ムーンライト』のマリコを知ってるか?」「『ニューヨークレストラン』のステーキはうまかったなぁ」と、厳しい戦場にいる兵士たちは沖縄をしきりに懐かしがった。

 沖縄は、兵士の訓練場、負傷兵のための病院、歓楽街などでもベトナム戦争を支えていたのだ。

 72年5月15日、アメリカ施政下にあった沖縄は日本に返還された。

 返還後は、本土からのお金で「ハコモノ」が整った。土の道路が舗装されていくのも印象的だった。

 しかし、そのまま基地は残り、米軍の犯罪もなくならない。日米両政府は新型輸送機・オスプレイの配備を押しつけ、辺野古に新基地を造ろうとしている。所得と失業率が全国でほぼワーストなのも昔のまま。沖縄は変わらない。

※週刊朝日 2012年8月17・24日号


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