荒俣宏の学生時代「一生、友達がなくて死んでいく」

週刊朝日
 あるときは博物学者、またあるときは幻想文学研究家。小説家にして妖怪研究家、あるいはタレント。もはや本業がどれかわからないほどさまざまな顔を持つ、荒俣宏氏。幼い頃から生物採集、漫画、階段小説、幻想文学と次々に夢中になり、学生時代は「一生、友達がなくて死んでいく」とまで考えていたという。

*  *  *
 中3のとき、おたふく風邪になりまして、退屈なんで本の特価市の新聞チラシを見て『世界恐怖小説全集』というのを注文した。読み始めたらあまりにも面白くて。『雨月物語』とはちがう西洋オカルティズムの世界で、これにどっぷりはまっちゃった。

 この全集の解説を書いていた翻訳家の平井呈一にはがきを書き、「弟子にしてください」と頼んだんです。弟子になったらいろんな本を貸してくれるんじゃないかと思って。驚いたことに返事が来ました。でも、「日本はこの手の文学は受けつけなくて、私以外に翻訳していない。読みたければ英語を勉強して、原書を読むしかない」と書いてあった。

 英語は大嫌いだったんですが、じゃあやろう、と。丸善で洋書を注文して、辞書を引き引き読みました。最初はさっぱりわからなかったけど、2冊、3冊と読み続けたら、高2のころには結構読めるようになった。

 これに時間がかかった上に、生物採集も漫画も小説もやるので、勉強と家の仕事、彼女を見つけるといったことは、自然と捨てていました。

 こんな調子ですから、小学生のときすでに、クラスでは変人扱いでした。あだ名が「あまのじゃく」。友達なんかいた記憶がない。まあ、無視されていたんです。海での生物採集も幻想文学も漫画を描くのも、やってるやつは一人もいない。それがわかって覚悟が決まりました。自分は一生、友達がなくて死んでいくのだなあと思っていました。

※週刊朝日 2012年8月3日号

続きを読む

この記事にコメントをする

TwitterでAERA dot.をフォロー

@dot_asahi_pubさんをフォロー

FacebookでAERA dot.の記事をチェック