島に住む人々が自ら舞い、謡(うた)う。数百年と続く伝統芸能が、新潟県佐渡島には息づいている。庶民みんなで楽しむ佐渡の能が、どのように広まり守られているのだろうか。

 佐渡での能は基本的に神社の境内にある能舞台で上演され、無料のものが多い。そして演じるのは主に地元の人々だ。通常、能は男性のみで演じられるが、佐渡は"治外法権"。ここでは女性も舞台に上がる。

「海を渡るとお免状の世界ですが、ここでは庶民のもの。大らかに楽しむのが佐渡流」

 そう話すのは、「佐渡の能を識(し)る会」代表の近藤利弘さん。かつて島内には200近くの能舞台があり、今でも35棟が残っている。日本にある能舞台の3分の1以上が佐渡にある。なぜこれほどまでに能が盛んなのか。

「一つは能の大成者、世阿弥が1434年に佐渡に配流されたことがあります。もう一つは、金銀山が発見されて佐渡が江戸幕府の天領となり、大久保長安が渡ってきたためです」(近藤さん)

 大久保長安は武田信玄に仕えた猿楽師の子であり、自身も舞った。佐渡に多くの能楽師を同行させたため、能が庶民の間に浸透したという。

「能舞台を支えるのは氏子。佐渡で一番小さな安養寺の能舞台は、16戸の氏子が管理していますが、平均年齢は80歳近く。ほとんどが90歳前後の一人暮らし世帯です」(同)

 少子高齢化のため、維持するだけでも大変だ。さらに能の舞台を成立させるには多くの手間と費用がかかる。それを住民の手によって守り続けているというのは驚異的なこと。「文化を後世につないでいく」という強い意志が島を輝かせている。

※週刊朝日 2012年7月27日号