『古事記』編纂1300年 パワースポットになったスサノオゆかりの地

『古事記』は日本最古の歴史書とされ、今年が編纂1300年になる。特徴のひとつは、同時期に制作された律令国家の正史『日本書紀』にはほとんど登場しない出雲神話が詳しく描かれることだ。天上界を表す高天原(たかまがはら)の話が終わり、舞台が地上の葦原中国(あしはらのなかつくに)に移ると、そこが出雲なのだ。なぜ地上の世界の代表が出雲なのだろうか? ノンフィクション作家の足立倫行氏が出雲を訪れた。

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 私が最初に足を向けたのは、スサノオ(古事記は須佐之男命、日本書紀は素戔嗚尊)の終焉の地と伝えられる出雲市佐田町の須佐(すさ)神社だった。

 高天原で姉アマテラス(天照大御神)が天岩屋(あめのいわや)に隠れるほどの乱暴狼籍を働いたスサノオは、神々によって天上界を追放された。スサノオが降りてきたのが、出雲国の肥河(ひのかわ=現・斐伊川)上流域の鳥髪(とりがみ)の地(島根・鳥取県境の船通山、標高1142メートル)。そこで、人身御供にされる直前のクシナダヒメ(櫛名田比売)に出会い、有名なヤマタノオロチ(八俣遠呂智、日本書紀は八岐大蛇)退治が始まる。

『出雲風土記』を見ると、スサノオも登場し、出雲特有の神話もあるが、ヤマタノオロチ退治伝承は存在しない。スサノオに関する記載は、地名起源などで4カ所あって、そのうちもっとも詳しいのが飯石(いいし)郡須佐郷の条。「この国は小さいけれど、よい国なので、自分の名前は岩や木につけず土地につける」と自らの御魂を鎮め置いたとされる。

 斐伊川ではなく神戸(かんど)川の中流に鎮座する須佐神社は、山間のこぢんまりとした大社造りの神社だった。驚いたのは、タクシーで駆けつける若い女性が何人もいたことだ。

 首都圏や関西からきたという彼女たちは、参拝もそこそこに敷地内の小池に湧く水を、持参のペットボトルに入れて持ち帰る。

 スサノオが土地を浄めたとされるその水は、出雲大社そばの稲佐(いなさ)の浜とつながっているという「塩ノ井」の水。近年流行のパワースポットの一つになっているらしい。

 本誌では『古事記』の短期集中連載を掲載している。

※週刊朝日 2012年6月29日号

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