娯楽作からアカデミー賞受賞作まで数多くの映画字幕を手がける翻訳家・戸田奈津子さん(75)。いまや、映画好きでなくとも知られている存在だが、そのきっかけとなったのは「地獄の黙示録』のフランシス・F・コッポラ監督だという。

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 最初はコッポラ監督が来日したときのガイド兼通訳として知り合ったんです。「地獄の黙示録」の撮影でロケ地のフィリピンに同行したり、サンフランシスコの自宅に行ったりもしました。

自分では覚えていないんですが、そのとき「君は何がやりたいの?」と聞かれて「字幕をやりたい」と答えたんでしょうね。それを覚えていてくれて、映画ができあがったとき、「彼女はロケにも来ているし、この映画についていろんな話を聞いているから、彼女に字幕をやらせてみたら」と言ってくれたんだそうです。私は後から知ったんですけどね。

 話題の超大作で、本来なら私なんかに来る仕事じゃない。でも、その一言でやらせてもらえた。私にとってものすごいターニングポイントでした。コッポラ監督との出会いが、人生をいいほうに変えてくれたんです。

 コッポラ監督は自分ではおっしゃらないけど、恩恵を受けた人はものすごく多い。スピルバーグもルーカスも、最初は彼が手を引っ張ったんです。いわゆる中国の"大人(たいじん)"のようなイメージの方で、若い人をいっぱい育てているんです。

週刊朝日 2012年6月1日