音楽評論家・湯川れい子の「肩書」はプレイガールだった

2012/05/20 07:00

 1959年にジャズ専門誌へ投稿したことをきっかけに、音楽評論家となった湯川れい子さん。大きな仕事が入るようになって売れてくると、「あまりありがたくない」肩書がつけられたりしたが、あえて受け入れていたという。当時の様子を音楽ライターの和田靜香氏がこう記す。

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