死者7人、重軽傷者39人を出した関越道のバス事故と、昨年4月に発覚した腸管出血性大腸菌O111による食中毒事件。ニュースキャスターの辛坊治郎氏は、この一見全く関係のなさそうな二つの出来事の間には本質的原因として同じキーワードが潜んでいる、と指摘する。

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 それは、「デフレ」だ。
 食中毒事件の舞台になったのは、激安焼き肉チェーン店だった。店構えはモダンで美しいが、そこで売られていた「和牛ユッケ」は一皿280円、豚バラ肉に至っては一皿100円の値段が付けられ、食べ盛りの子供たちを持つ若い親たちに絶大な人気を誇っていた。
 給料が下がり、より安いものを消費者が求め、商店が安さを武器に客を集める。商店はそのために、卸元や生産者に価格競争を強いる。生産者は値段を下げるために、あらゆる経費を削るが、その中でも、安価な商品ほど人件費の占める割合が大きいがゆえに、賃金が最大の削減対象になる。そして貸金を下げられた消費者は、さらに安い商品を求めるようになるのだ。これがデフレ・スパイラルの構図である。
 今回事故を起こしたバス会社は、ツアー会社との間に入った他のバス会社二つに1万円ずつ「ピンハネ」されて、2泊3日15万円でこの仕事を受けていたことが明らかになっている。
こうして計算すると、日雇い運転手に一日1万円の賃金しか払えない厳しい産業構造が鮮明に浮かび上がる。
 今回ツアーを請け負ったバス会社は、東日本大震災で成田に降りる外国人観光客が激減したあおりを受けて、千葉近辺でのバスツアーから、長距離運行に業態を変えた、いわば「新規参入組」だった。新規参入の武器は、当然のことながら価格だ。かくしてバス会社が、仕事を手に入れるために、給料を含めあらゆる経費を削減の対象にしたのは想像に難くない。消費者が安い商品を求め、業者は一円でも安く物やサービスを提供することで生き残りを図る。
 その結果、大腸菌に汚染された牛肉や、過酷な条件下で働く運転手のミスで尊い命が奪われる。食中毒と交通事故、全くジャンルの違う二つの出来事の間にあるあまりに多くの共通点が、今日本で起きていることを雄弁に物語る。

※週刊朝日 2012年5月25日号