定期的に虫取りのための旅行に出かけている生物学者の池田清彦氏。3月から4月にかけては沖縄の西表島に出かけたそうだ。池田氏いわく、「石垣島と西表島を比べると、はるかに石垣島の方が虫の数が多い」。その謎について次のように話す。

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 今回の旅行の最大の目的はノコギリヒメコバネカミキリ。一九七三年に西表島カンピラ滝付近で、カミキリムシ採集の名人、入江平吉氏によって採取された唯一頭の雄に基づいて記録(新種として学会に発表されること)されたもので、その後三八年間追加記録がなかった幻のカミキリだ。それが去年再発見されたのだ。
 石垣島に一泊しただけですぐ西表島に渡り、去年採取されたという古見岳の麓に行ってみる。確かに羽化脱出したと覚しき朽木が転がっており、成虫が採れたというショウベンノキ(すごい名前の植物だ。枝を切ると臭い水が出てくるのが名前の由来だそうだ)の花が咲いているが、ノコギリヒメコバネどころか、そもそもカミキリムシが全くいない。西表島はすばらしい原生林の島だけれど、蝶を除けば昆虫の個体数は本当に少ない。時々大発生するというオオヒゲブトハナムグリも全くおらず、ほうほうの態で石垣島に戻ってきた。
 石垣島で狙うのはヤエヤマヒオドシハナカミキリとムネモンウスアオカミキリである。前者は屋良部岳の尾根で飛んでくるのをひたすら待つだけの採集法で、後者は於茂登岳の登山道沿いに生えているヤンバルアワブキの葉を一〇メートルのつなぎ竿で掬いまくるという採集法である。七日間頑張って採れたのはそれぞれ一頭ずつ。それでも幸運な方で、二〇人程入っていた採集者の中にはどちらも採れない人がかなりいたのだ。
 ところで、石垣は西表に比べてはるかに開発が進んでいる分だけ虫の数が多いのだ。なんで原生林ばかりの所は虫の数が少ないのだろう。沖縄本島でも山原(やんばる)の原生林は、種類数は多いが個体数は少ない。個体数が多いのは人家の近くの二次林なのだ。はたして、原生林には本当に虫の数が少ないのか、それとも単に我々の探し方がヘタなのか。真実は定かではないが、私は前者だと思っている。自然界には訳の分からんことがいっぱいある。単に私がアホなだけか?

※週刊朝日 2012年5月18日号