音楽評論家の湯川れい子さん。実はもともと映画や舞台で活躍する女優だった。さらに、原始人役で漫談をしたり、歌を歌いながらドサ回りをしたことも。音楽ライターの和田靜香氏は、その様子を次のように書いている。

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 ひょんなことで知り合ったジャンという手配師から、バイオリンを弾く大学生、エディ水野を紹介され、彼と一緒に米軍キャンプのドサ回りをすることになった。原始人の夫婦役で英語の漫談をし、合間にバイオリンと歌を披露する。

 しかし、湯川が露出度の高い服を着てステージに登場すると、ピーピー口笛が吹かれてヤジが飛ぶばかり。「峠の我が家」や「テネシーワルツ」を歌うと、若い兵隊たちはポロポロ涙をこぼしたが、残念ながら、湯川の歌声への共感ではなく、曲そのものへの郷愁からだった。

 池袋のキャバレーでもステージをやらされ、日本語で漫談をして歌ったが、酔っ払い客は誰も聴いてくれない。腹立ち紛れにおもちゃのピストルをパ~ンと撃つと、キ~ンとマイクが大きく鳴り、

「あんたの歌が下手だから客は聞かないのに、なにやってんだっ!」

 コテンパンに怒られ、「これは私がやるべきことじゃない」とはっきり分かった。

※週刊朝日 2012年5月18日号