新生活がスタートする4月。新しいことを始めるときに大切なことは、まずはチャレンジしてみることだと料理研究家・行正り香氏はいう。

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社会人になって東京で一人暮らしを始めたとき、ワンルームマンションのキッチンは廊下の一部のような造りでした。コンロは電気のものが一つで、流し台も30センチ角ほどの小さなもの。一方、アメリカにいた大学時代の2年間は、週に5日、ホストファミリーに夕ご飯を作っていましたが、そのときのキッチンは、私のワンルームマンションの倍くらいの大きさ(笑い)。大幅なダウンサイジングに、最初は希望を失い、料理すら諦めかけました。でも、6年間暮らしているうちに、この小さなキッチンが私にとっての無限のクリエーティブ空間となっていきました。
 一つのコンロしかなければ、卓上コンロを常備する。扉が邪魔であれば、扉をはずして鍋を取りやすくする。冷蔵庫の上には、母に買ってもらった小さなオーブンレンジを。たったこれだけの空間で、6、7人の友だちを呼んで、前日から準備したシチューと、当日作ったパスタとサラダや手作りピザなどでおもてなしをしていました。
 キッチンが大きければ、おいしい料理が作れるのかというと、きっとそうではないのです。小さな空間ならば、段取りを工夫する。予算が少なければ、メニューを工夫する。お皿を洗うのが大変であれば、たった一つの白いお皿を用意すればいい。ビールとワインが同じグラスだって、おうちごはんなら全くかまわないのです。
 何かを始めるとき、「こうだからできない」と諦めてしまうことはとてもカンタンです。でも、条件が揃うまで待っていたら、私はあっという間に白髪のおばあさん。この世からおさらばする直前に、「やっぱりやっておけばよかった」と思うのはとても残念です。

 本誌では「チーズハムドリア」のレシピを紹介しています。

※週刊朝日 2012年4月20日号