フクイチ(福島第一原発)最高幹部に取材を始めたのは4月下旬、事故から1カ月余りたったころのことである。当時、まさに原子炉がメルトダウンしているのかどうか、に注目が集まっていた。

 政府や東電の発表資料から、メルトダウンは容易に想像はできた。しかし、具体的なデータは入手できなかった。これでは記事にはできない。そんなとき、最高幹部に近い筋がこう耳打ちしてくれた。

「メルトダウンはしている。それを前提に、現場は作業していますから。その確証となるデータ、シミュレーションも実はあるのです」

 すでに東電本社は、各計器の数値などをもとに、メルトダウンのシミュレーションをしていたというのだ。

 そして取材を続け、ゴールデンウイークを過ぎたころ、その日は来た。最高幹部がこう切り出したのだ。

「知りたいことはわかっています。今後もフクイチをずっと取材してくれると確信しているので、現状をわかっていただいたほうがいいと思う。ただ、表に出ると他の社員らに迷惑がかかり、私の手に負えなくなる。一切外部に出さない、公表しないということに、今はしておいてください」

 そう言うと、彼は小冊子のような資料をテーブルに置いた。A4判5~6枚のカラーコピーがホチキスで留めてある。パラパラとめくると、原子炉の絵が描かれており、横に数字や簡単な説明がついていた。

 最高幹部は資料に目を落としながら、言った。

「これは1号機です。本店が作成したものです。あらゆるデータをもとに、原子炉の燃料棒がいま、どのような状態にあるか想定したうえで、放射能がどう拡散しているかもシミュレーションしています」

 東電本社はメルトダウンしているという前提で、こうした資料を作成しているというのだ。だが、記者会見では、東電も保安院もメルトダウンを認めていない。あの会見はなんなのか。

 最高幹部は、そんな疑問を見透かすかのように、こう続けた。

「私も当初、本店は本気で『メルトダウンしていない』と思っているのではないかと心配していた。しかし、このシミュレーションが届いたので、ある意味、『本店も正常だ』と思った。しかし、それを外部に公表するのかといえば、そう一筋縄ではいかない」  この一大事に、メルトダウンしているなら、きちんと情報開示しなければならない。それが事故の当事者である東電が一番なすべきことである。正しい情報をもとに、人々がどう対応するのかを考えるのだ。それを隠すとは――結局、会計の内容はウソだったのか。

「会見をよく聞けばわかりますが、ウソではない。ごまかし、すりかえ、はぐらかし……。いいようにマスコミをあしらっているという感じがします。その資料は1号機のものですが、実はこのシミュレーションは、2~4号機もあります」

 驚くべき証言だった。シミュレーションは実にリアルに描かれていたのだった。

※週刊朝日 2012年3月16日号