俳優・仲代達矢 「後追い自殺すら考えました」と妻の死語る。

週刊朝日
 俳優生活60年の仲代達矢さん。女優をやめて、彼をサポートし、俳優養成所「無名塾」設立のきっかけにもなった妻・宮崎恭子さんが亡くなったときの想いを語った。

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 1996年6月、恭子さん他界。享年65。夫あての遺書の一節に「あなたは強い人です。これを言えるのは私しかいないから言います。強いからこそ一流なのですが、孤独になります」とあった。

 僕に強さがあったとしたら、宮崎恭子という相棒がいたからです。彼女が亡くなり、手足をもがれたような喪失感のなかで切実にそう思いました。後追い自殺すら考えました。

 そんなとき、ニューギニア島をはじめ南半球の島を1年がかりで回るテレビドキュメンタリーの仕事が入ったんです。周囲は反対しましたが、僕は独断で受けました。恭子のいない日本から逃げ出したい気持ちでした。小さなカヌーに乗っているとき荒波にもまれ、泳げない僕は「これで死ねるな」と感じていました。

 でも、南半球を回って1年、旅の果てに思ったのが「大自然のなかで人間なんて小さい。ぶっ倒れるまでやろう」でした。以来、現役も無名塾も続けています。この先、足腰の立つ限りやり、ほんとに限界と思えば自分でタオルを投げますよ。

※週刊朝日 2012年3月9日号

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