「夜中の1時をすぎて職員の見回りが終わると、怖い時間が来るから眠っちゃダメなんだって。大きな子たちの暴力が始まるから」

 ずっと背中をさするクミさん(子どもたちの「ママ」)に、タクミはこう泣きじゃくった。

「お母さん、生きていくってつらいことだろー。大人になるって大変なことだろー。俺はもう死んだ方がいい」

 小学校中学年の子にこう言わせる経験とはどのようなものなのか。タクミはどんな現実を"生き延びて"きたのだろう。

 クミさんはタクミの自己評価の低さにも気がついた。

「みんながココアを飲んでいて、『それは何だ? 俺も飲む』ってなったとき、彼は舌で飲めなかった。すると『熱いよー、無理だー、飲みたいのに無理だー』って2歳児みたいに泣きだすの。息を吹きかけて冷ますといった解決法が何も思い浮かばず、すぐに自分は『ダメだー』になってしまう」

 これまで自分の将来に何の希望も持てず、成功体験も極端に少なかったのだろう。タクミはできるように努力するのではなく、いつも「無理だー」と嘆く。ゲームでも宿題でも同じだった。だが、クミさんや補助員がどんな小さなことでも一つひとつ評価し、「頑張ったね」と受け止めていく中、1年半経った今、タクミから「無理だー」はすっかり消えた。

※週刊朝日 2012年2月24日号