虐待や親の失踪などが原因で、親元で暮らせない子は約4万7千人。児童養護施設は、そのうち6割強にあたる約3万人が暮らす最大の受け皿だ。ノンフィクションライターの橘由歩氏が訪れた施設で目にしたのは、職員の献身的な努力で何とか安定を保っている危うい現実だった。悩み苦しみながら、互いに向き合おうとする子どもと職員の姿を追うなかで、5歳の女児から言われた一言にショックを受けたという。

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 年長児のカホにも驚かされた。夕食前に幼児室でブロックやおもちゃの車で遊んでいた時のこと。大人が私一人になったのを見計らったかのように、カホはこう言い残して部屋を出ていった。

「おばさん、何しに来たの。死ね」

 たった今まで無邪気に「遊ぼうよ」とベタベタくっついてきていたのに……。可愛らしい5歳児が、落ち着き払った態度で大人を罵る様子に私は息を呑んだ。

 30代前半の男性職員がこう教えてくれた。

「『死ね』というのは、あの子が親から言われ、責められてきた言葉です。ここの子どもたちは、大人が一番嫌だと感じる言葉を言って、どこまでなら受け入れてもらえるかと大人を試します。あの子たちなりにSOSを発しているんです」

※週刊朝日 2012年1月27日号