商売繁盛の神様「えべっさん」の総本社、西宮神社(兵庫県西宮市)で1月10日早朝、本殿参拝の一番乗りを競う恒例の「開門神事福男選び」があった。

 午前6時に開いた「赤門」から230メートル先の本殿へ最初に駆け込んだのは、福井県出身、福知山市(京都府)在住の成美大3回生、福田裕矢さん。「福」だらけの21歳が、一番福に輝いた。

 178センチ、68キロの細身をくねらせるようなスタートダッシュから、約100メートルの直線の石畳、「福男道」へ。上体がブレないフォームで加速し、後続を突き放した。かつて、何人もが転倒で泣いてきた最終カーブ「魔物の角」で追いつかれそうになったが、逃げ切った。

 細い目を見開き、福田さんが仰天の告白をする。

「普段は授業行ってバイトしてメシ食って寝るだけ。本気で走ったのは何カ月かぶり。最後はフラフラで、神社の方に抱きかかえられなかったら、間違いなくコケてました。直前までコースも知らなかったんです」

 バスケットボールに打ち込んだ高校時代から、あこがれてきた神事だが、今回の初挑戦は下見程度のつもりだった。前夜9時に友人2人と西宮神社へ。初詣気分で引いたおみくじが「大吉」。気分よく1500人によるスタート位置の抽選に臨むと、最前列中央という絶好のポジション。

「一生の運がすべて降り注いだ気がした。一気に本気バージョンになりました」

 スマートフォンを取り出し、ネットでコースを調べ、歴代福男のコース攻略法を頭に入れた。

「最後のカーブでは勇気を持って減速しないと転倒する、って書いてありました」

 そして中学3年で100メートル11秒73を記録した俊足で、思い描いたコース取りに成功。最後に追いつかれかけたのは、攻略法通りに減速したからだった。

 成美大の職員は言う。

「彼は今までのいろんな活動を通じて、運をため込んでいたんだと思います」

 2回生時に学園祭実行委員長で奔走し、昨年は東日本大震災の被災地でボランティア。さらに被災で結婚式を挙げられなくなったカップルを京都に招いて挙式してもらう計画のリーダーも務めた。本人は言う。

「大学時代しかできないことですから。いろんな人と知り合えてよかった」

 目下、福男の最大の問題は就職活動だ。

「将来こうなりたい、という夢がないんです。とにかく早く決まってくれれば」

 ただ、ある会社からは入社のラブコールとともに、社員の前で講演してほしいとオファーを受けた。福男にとっては、厳しい就職戦線も恐れるに足りず、か。 (本誌・篠原大輔)


週刊朝日