謎の新人作家の正体は郷原信郎氏 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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謎の新人作家の正体は郷原信郎氏

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佐々木 私はこの『司法記者』という小説を、郷原さんが書いたと聞き、ゲラの段階で読ませて頂きました。読み終えて、まず初めに思ったのは「本当に郷原さんが書いたのか?」という「疑い」でした(笑い)。ここで描かれている検察組織の詳細なディテールはもちろんですが、ミステリーとしての完成度が高く、密室殺人の"トリック"もすごくおもしろかった。だからこそ、郷原さんではない「プロ」が書いた作品だと疑ってしまったんです。

郷原 ありがとうございます(笑い)。実は内情を明かすと、この小説を書き始めたのは、17年も前なんです。当時、東京地検特捜部に所属していた私は、ゼネコン汚職事件の捜査体制に組み込まれていました。捜査が中央政界の政治家に波及するかどうかという段階で、最高幹部の判断を待っているだけで、やることがない状態が1カ月近く続きました。そのとき私は、検察と司法メディアを題材にした推理小説を思いついて、書き始めることにしたのです。ただ、大まかなストーリーは頭にあったのですが、核心の密室殺人のトリックだけがどうしても思い浮かばなかった。
 結局、トリックが思いつかないまま、17年間もパソコンの中に眠っていました。それが、たまたま今年の5~6月、震災の影響もあって、私の専門のコンプライアンスに関する仕事が減って時間ができたので、なんとか完成させてみようと思い立ったわけです。
 トリックについては、最新式の鍵に詳しいそのスジの人に話を聞いたんですが、聞けば聞くほど「これを破るのは無理だな」と(笑い)。でも、ふとしたきっかけで密室のトリックが解決して、そこから、一気に書き上げました。

佐々木 そうだったんですか。私はてっきりトリックの発想が元からあって、ストーリーは後から考えたのかと思っていました。
 もう一つ思ったのは、この小説自体の「仕掛け」についてです。二つの時制の話が交互に語られていき、あっと気がつくと、いつのまにか一つの話になっている。プロではない方がある業界について小説にすると、業界の情報量だけが多くて、読ませる仕掛けについては考えられていません。しかし、この小説はその点も考えられていて、非常におもしろかった。それにしても、ペンネームで書かれたのはなぜでしょう。

郷原 それには理由があります。今まで元検事という立場で、検察の批判をガンガンやってきた「郷原信郎」とは違う立場で、検察における問題をフィクションとして客観化してみたいという思いがあったからなんです。

◆由良秀之というペンネームの謎◆

佐々木 この「由良秀之」というペンネームは、郷原さんの名前をローマ字で分解したアナグラムというわけでもないですよね。

郷原 「由良」は私の母親の名前から、「秀之」は、11年前に亡くなった私の親友の名前から頂いたものなんです。彼が亡くなった半年後、私は長崎地検に赴任し、そこで捜査指揮をした自民党長崎県連の違法献金事件が、私の検事時代の最大の仕事となりました。忘れられない親友の死です。

佐々木 そういうことがあったんですか。私は、この小説の読後感として、全体的に検察への「愛」をすごく感じました。特捜部の問題点を指摘、批判しながらも、それだけでは終わっていない。これは、やはり郷原さんが、ある意味で検察「側」の人間だからだと思うんです。

郷原 そうですね。これまでいろんな場で検察批判の発言をしたり、書いたりしてきました。でも、私は検察に育てられた人間だし、検察が今後も日本社会の中で信頼され、尊敬される組織であってほしいと、ずっと思ってきました。そのために提案したいことは多々あります。しかし、残念ながらそういう私の思いは、私が現職のときに組織の中で生かしてもらうことはありませんでした。今回の小説で描いていることは、これまでの検察への批判でもあります。でも、それだけではなく、検察が今後目指していくべきものを感じとってもらいたいという気持ちもあります。

佐々木 なるほど。ちなみに、私が書く警察小説の場合、全国に何十万という単位で警察官がいるので、取材もしやすいし、読者にとっても身近だと思います。しかし、検察に関しては取材対象が限られてしまうため、郷原さん以外の人が書こうと思っても、相当突っ込んで取材しないと書けない世界ですよね。

郷原 確かに、検察という組織は閉鎖的で自己完結的です。その中のことは内部の人間にしかわかりません。だから、この小説で描いている検察官と司法記者の間の特殊な関係というのも、外の人間にはわからない。取材で書くのは難しいと思います。

佐々木 話は変わりますが、私のような立場、年代だと、やはり東京地検特捜部というのは、最後に出てくる「正義のヒーロー」というイメージがまだあります。しかし最近は、オリンパス事件のような本来特捜部が出ていくべきような案件があっても、すぐには出てきません。もし、大阪地検のFD改ざん事件などの一連の不祥事で、特捜部が萎縮しているのだとしたら、非常に残念です。

郷原 オリンパスの事件が、特捜部の捜査で、特定の個人に狙いを定めて捕物帳を展開するだけで済む事件かどうかは微妙なところです。背景には、日本の経済社会で法が十分に機能していなかったという構造的な問題があるように思います。証券市場に企業の情報が公正に開示されるようにするため、検察が、社会に重大な影響を及ぼしかねない違法行為を抑制するシステムとしての役割を担っていかなければならないと思います。この小説で描いた従来の特捜部は、そういう役割をほとんど果たしてこなかったのです。

佐々木 昔、SMAPの木村拓哉さんが検事役をやっていた「HERO」(フジテレビ系)というドラマがありましたよね。あのドラマでは、先日亡くなられた、俳優の児玉清さんが次席検事役でした。思い返せば、私はあのドラマの児玉清さんを見て、「検察官ってかっこいいな」と思ったし、多くの日本人が「かっこいい検察官」の登場を期待していると思うんです。

郷原 そうですね。ただ、あのドラマの検察の世界に関しては、およそリアリティーがない(笑い)。あれは刑事モノを、検事に当てはめただけです。捜査でガンガン外に出ていって犯人を追いかけるという話ですが、殺人事件などの一般事件では、検事が外に出て捜査することは、ほとんどありません。

佐々木 確かに検察官は組織のあり方から言って現場に行く必要もないし、行くべきでもないですよね。そこが警察と検察の大きな違いの一つでしょうか。

郷原 検察の中でも、特捜部は第1次捜査機関でもあるので、事件に関して本当に良い情報を得ようとすれば、自分でも経済社会の現場に入っていかないといけない。そのためには、ある程度手を汚す必要があり、大きなジレンマになります。昔はそういうところに入り込んで事件のネタをとってくる特捜検事もいたそうです。
 ちなみに、最近では特捜部が独自に掘り起こしたネタというのが、ほとんどありません(笑い)。大抵は国税庁や証券取引等監視委員会、またはマスコミからの持ち込みネタなんです。佐々木さんの小説でも描かれていますが、警察だって安全な場所で遠巻きに見ているだけでは、成果はあげられません。そういう意味で、特捜部が置かれている状況は、警察組織が直面している問題と一緒だと思います。
 
◆検察組織の人事、次回作で描く◆

佐々木 多くの警察小説の読者というのは、警察組織にいなくても、自分たちが所属しているサラリーマン社会と重ね合わせて「俺たちと一緒だな」という思いで読まれていると思います。一方で検察については、これまでほとんどの読者が何も知らなかったと思うんです。だから、郷原さんの小説のおかげで、検察もある意味では「俺たちと一緒だな」と思うし、またある意味では、警察よりも強い力を持っているのに、そこが「俺たちと一緒だったら怖いよね」という思いも感じると思うんです。

郷原 そうなんです。結局、この小説の中でも、検察の中でとんでもないことが起きていきますが、誰か個人が極悪人なのかと言ったら、そうではない。みんなが特捜検察の看板やメンツを保つため、必死になって成果をあげようとした結果、とんでもない方向に行ってしまうんです。こういったことは、あらゆる組織にあることだと思うんですね。結果がとんでもないことになると、「とんでもない悪人」が、「とんでもない悪事」を働いたと単純化したがりますが、そうじゃないんです。組織が起こす問題というのは、起きる必然性があるんです。でも、一方では、それを抑制する力も必ず働いているはずです。その両方の力の微妙なバランスの中で、組織の問題は起きる。そういうことを、この小説で描きたかったんです。

佐々木 私は、これまで警察小説をいくつも書いてきましたが、郷原さんの「検察小説」で初めて知ることがたくさんありました。「叩(たた)く」「割る」といった言葉に代表される検察用語や、取り調べや調書の巻き方も大変参考になりました。そこで、今後は検察機構の内部で、どういう階級にいる人が、どんな仕事をして、どんな人間関係なのか。その辺りの組織内人事やシステム、新人養成の過程なども含めてもっと読みたいですね。

郷原 そうですね。この小説は検察の中の特捜部という完結した世界を題材にしていますが、検察という組織全体は、どういう考え方で、どうやって人や組織が動かされているのか。その辺りも、外の世界からは見えないところです。次作を書くとすれば、その辺りを書いてみたいと思います。佐々木さんが本の帯に書いてくださっているように、「検察小説」というジャンルが作れるといいですね。そのためには、コンプライアンスの弁護士活動よりも、小説家としての仕事に時間をかけたほうがいいかな、なんて思っています。(笑い) (構成 本誌・村岡正浩)

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ささき・じょう 1950年、北海道生まれ。広告代理店、自動車メーカー勤務を経て、79年、『鉄騎兵、跳んだ』でオール讀物新人賞を受賞し、作家デビュー。2010年、『廃墟に乞う』で直木賞を受賞。主に、冒険小説、歴史小説、警察小説の分野で活躍を続けている
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ごうはら・のぶお 1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。83年に検事任官。東京地検特捜部、長崎地検次席検事などを経て、2006年に退官。08年に郷原総合法律事務所を開設し、09年から名城大学教授。著書に『検察の正義』など多数。このたび、由良秀之として小説『司法記者』を上梓した


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