障害者の“性”と向き合えぬニッポン (2/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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障害者の“性”と向き合えぬニッポン

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「私は恋愛やセックスについて、友達と話すという経験がなく、結婚するまでは本当に何も知りませんでした。避妊の知識もなく、『セックスは子どもをつくるためにしかしてはいけない』と思っていたんです。そのくせ、なぜか『恋人同士のキスはディープキスだ』という思い込みもあって、初めてしたときに舌を絡めて驚かれました(笑い)」

 2年の交際を経て結婚した楽歩さん夫婦は、ハネムーンで初めて結ばれた。ほどなく妊娠が判明。痛みに敏感で不随意運動があるため、自然分娩(ぶんべん)はリスクが大きいと京都大病院の麻酔科医らによる医療チームが組まれ、全身麻酔による帝王切開で長男を出産した。

「まだ多くの人が『障害者に恋愛や性の話は不要だ』と思っている。私たちのような人たちがキスやセックスをして、子どもを産むことを誰も想定していないので、障害者は性の知識を得る場さえないんです」

 日本は障害者に性を教えてこなかっただけではない。障害者の性に関する1993年の毎日新聞の報道などによると、知的障害者や精神障害者は施設に入る際に、子宮の摘出を条件にされることもあったという。

 96年に優生保護法が改正されるまでは、「遺伝性」とされた特定の疾患に加え、「遺伝性」以外の精神障害の人たちにも、強制的に輸精管や卵管の結紮など生殖機能を失わせる手術が可能だった。

 同法に詳しい立命館大大学院の松原洋子教授(生存学)はこう話す。

「優生保護法は子宮の摘出まで認めていたわけではありません。しかし、法の根底には『不良な子孫の出生を防止する』という優生学的な考え方があったため、『理由があれば子宮を取ってもいい』という雰囲気が生まれてしまったのでしょう。当時の医者は、子宮筋腫などの病名をつけて、手術をしていたそうです」

 同法は96年、母体保護法に名を改め、本人や配偶者の同意がない手術は認められなくなった。しかし、前近代的な法の下で育まれた意識は、いまも完全になくなったわけではない。知的障害があるススムさん(仮名・42)の母(都内在住)は、現状をこう打ち明ける。


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