「パンツは脱がなくていいですから。ちょっと情けない格好になりますが、これに着替えてください」

 言われるまま、シャワー付きの狭い更衣室でシャツとズボン、靴下を脱ぐ。代わりに緑色の検査衣をはおり、スリッパをはく。スリッパには、ここが放射線管理区域であることを示す三つ葉マークが記されている。頭にはシャワーキャップのようなものをかぶった。

「中央からつり下がっているのが検出器です。ぶつからないように注意して、そこに寝てください」

 白衣を着た技術職員が事務的な口調で言う。

「顔をかくぐらいならいいですけど、じっとしててください。今から扉を閉めますが、モニターで中の様子は監視しています」

 背もたれに身を預け、天井に目をやる。確かにカメラがこちらを向いている。厚さ15センチはあろうかという鉄製の重い扉が、外側から徐々に閉まっていく。中の明るさはそのままで、密閉された空間にひとり、取り残される。外から聞こえる話し声はぼんやりとして、何を話しているかまではわからない。

 閉所恐怖症でなくてよかったな。そんなことを思いながら、記者(38)の検査は始まった。

 内部被曝とは、体の内側から放射線を浴びることだ。放射性物質を鼻や口から吸い込んだり、汚染された飲食物を体内に取り込んだりすることで起きる。

 一般にどれだけ内部被曝したかを計測するのは難しいとされるが、比較的正確に測れるとされているのがホールボディーカウンター(WBC)だ。

 国内には現在、100台余りのWBCがある。だが福島県民や幼い子を持つ親たちの間で内部被曝への不安が広がっているにもかかわらず、検査を受けられた人は今のところわずかしかいない。

 今回、本誌は広島大学の協力を得て、WBCを実際に見せてもらい、記者自ら内部被曝していないか調べてもらうことにした。

 広島大学病院の地下1階。放射線管理区域の一角に、WBCはあった。

「おそらく(放射性物質は)検出されないんじゃないですかね。発災の初期に福島にいなかったら、内部被曝の量は非常に少ないはずですから」

 検査を受ける前、広島大学原爆放射線医科学研究所の細井義夫教授はそう話した。

 今回の原発事故のケースだと、汚染された食物からのリスクよりも、放射性物質が大量に飛び散ったとされる3月11日から最初の1週間ぐらいまでの間、口や鼻からの吸入によって内部被曝するリスクのほうが圧倒的に高かったというのが細井教授の考えだ。

「(検査は)30分コースで行いましょう。本当は着替えなくても測れますが、私ども広島大学では現在、福島県から被曝した傷病者が搬送される事態を想定してますので、想定どおりにやってみましょう」
 と細井教授。

◆セシウムと聞き眠気が吹き飛ぶ◆

 検査は時間をかけたほうが誤差が少ないという。四方を頑丈な鉄で囲むのは、もともと自然界にある放射線をシャットアウトし、体内から放出される放射線を正確に測るためだ。円筒状に体に向かっているNaI(Tl)シンチレーションカウンタと呼ばれる検出器が、体内から放出される放射線を感知し、その信号をパソコン上の画面に送る。

 検査を受ける側はその間、ただじっとしているだけ。ぼんやりと待ちながら、これまでの取材で出会った人たちは今、どうしてるだろうかと考えているうちに、つい眠くなってしまった。後で聞くと、モニターに映し出されたうつろな顔は、不安におびえているように見えたらしい。

 待つこと30分。重たい扉がようやく開いた。細井教授の一言で、眠気が一気に吹き飛んだ。

「セシウムが入ってましたね」

 えっ、検出されないはずじゃ......。

 これまで放射能の怖さについて見聞きし、また自分でもそうした記事を書いていながら、どこかひとごとだったと思い知らされた。パソコン上に表示された、放射性物質が放出するγ線のエネルギーに従って体内汚染の量を示す棒グラフを示しながら、細井教授が淡々と言う。

「これがセシウム137、こっちが134です。きれいにピークが出てるでしょう? もうひとつのピークは、人間の体内にもともとあるカリウム40ですね。ヨウ素131は検出されていないので、ピークが見られません」

 セシウム137が1642ベクレル、134が462ベクレル、合わせて2104ベクレル。これが測定日(7月8日)時点で記者の体内に入っていた量だ。よく牛肉などで「1キロあたり×ベクレルが検出された」と報じられるが、体重72キロの記者の場合、1キロあたりだと約29ベクレルになる。

 汚染牛よりはマシということか。

「福島で取材してたって言いましたよね。最初に福島に行ったのは何日でしたっけ?」と細井教授。

 記者が最初に福島入りしたのは3月19日。郡山市や福島市、二本松市などで4月第1週まで取材し、いったん東京へ引き揚げた。5月にはいわき市や南相馬市、相馬市など沿岸部の被害を見て回り、10、12日には川内村で始まった一時帰宅の様子を見届けた。前後して、計画的避難区域に指定された飯舘村や川俣町周辺も訪ねた。

 通算の滞在日数は40日ほど。福島第一原発から20キロ圏内の警戒区域には入っていない。

「今日の時点でセシウムがこれだけ体内に入っているのですが、これがどれぐらいの内部被曝に当たるのかは、改めて計算しないとわかりません。3月19日の1日だけで、全量を口や鼻から吸入して内部被曝したと仮定して、計算してみましょう」

 細井教授はそう言って、パソコンにデータを打ち込んだ。

 専用のソフトウエアを使うと、たちまち放射性物質の量を示すベクレル値が、人体への影響を示すシーベルト値に換算される。合計72マイクロシーベルトだった。3月19日からひとまず取材を終えた4月第1週までの間、毎日少しずつ被曝したとして計算し直しても、ほぼ同じ結果が出た。

 ちなみにこのころ、記者は外部被曝量のみを測れる線量計を首から下げていたが、3月19日から4月第1週までの積算値は83マイクロシーベルトだった。これと内部被曝の72を足し合わせた155マイクロシーベルトが、この間の推定被曝量ということになる。

「72マイクロシーベルトという値は、今後50年間にわたる影響を加味した数字です。50年分のリスクを今年1年で先取りして数値化したと考えてください」

 もっとも、WBCはγ線を出す放射性物質しか検出できないのに加え、半減期が短いヨウ素はすでに体内に残っていないため、正確に測れない。実際の被曝量はこれより多いはずだ。

 とはいえ外部と内部の被曝を合わせて「年間1ミリシーベルト」という国の基準値までには余裕がある。

「何ら心配はいらない値ですよ。ただ福島に住んでいない方にしては、若干多めかと思いますが。地場産のモノをばくばく食べたりしてませんよね?」

 そういえば5月に入って、計画的避難区域で採れた山菜の天ぷらや牛乳を口にしたことを思い出した。

「一度食べたぐらいならどうかな。食べたのと同じ山菜なら山菜の放射線量を実際に測ってみないと、はっきりしたことは言えません」との答え。

◆頭で理解しても心は落ち着かず◆

 普段、福島に住んでいない記者からもセシウムが検出されるということは、福島県民の被曝量はそれより多いということだろうか。

 細井教授によれば、震災直後に原発周辺にいた人は多かれ少なかれ、内部被曝している。問題なのは被曝したかどうかでなく、取り込んだ量が多いか少ないかだという。発災当初に福島にいたからといって、必ずしも高い値が出るとは限らない。

 これまで細井教授らは、福島県立医大と協力し、警戒区域内で捜索活動をしている消防士ら、福島県関係者のWBC検査を重ねている。内部被曝の値は20キロ圏内で作業をする関係者でも記者とさほど変わらず、原発作業員を除けば、今のところ心配される結果は出ていないという。

「例えばマンションの壁からはラドンが放出され、木造住宅に住むよりは年間数百マイクロシーベルト、自然放射線量が高いですが、それでマンションに住むのをやめようとは通常考えない。それぐらいの値なら許容されているわけです。報告されている数値はこれらの値よりずっと小さいです」

 ただ、内部被曝については専門家の間でも意見が分かれており、ごく少量でも人体への影響は大きいとする考えもある。これについての細井教授の考えは明快で、外部被曝であれ内部被曝であれ、基本的には同じ線量なら人体に与える影響は同じだと言う。国際放射線防護委員会(ICRP)や国の方針と一緒だ。

「ただしヨウ素だけは若干違います。体内でほぼ全身に行き渡るセシウムなどと違い、ヨウ素はほとんど甲状腺に集まりますから、被曝する線量がそれだけ多くなり、がんの発生率も高まります」

 前述のとおり、半減期が短いヨウ素はWBCで正確に測れない。今後、行政は特に子どもたちの甲状腺がんの検診に努める必要がある。

 どうも浮かない顔をしていたせいか、教授からこう聞かれた。

「体の中に放射性物質が入っているって聞くと、なんとなく気持ち悪くないですか?」

 確かにそのとおりですね。そう答えると、教授は意外なことを口にした。

「やっぱりそうでしょう。私もそうでしたから」

 震災直後から10回以上福島入りしている細井教授は4月初め、自分の体をWBCで検査してみた。
やはり内部被曝していた。放射線治療医として長年働いてきた教授でも、内部被曝の経験は初めてという。

「あなたより私の数値は高かった。それでもまったく問題ない数字です。でも、理性では大丈夫だとわかっていても感情が受け入れないというか、なんだか気持ち悪いんですよねえ」

 それを聞いて、少しホッとした。同時に、放射能と付き合う難しさも改めて感じた。そんな自身の体験があるからか、細井教授は福島県の親子たちが内部被曝を心配する気持ちはよくわかると言う。

「実際に被曝した量はごく少量でも、その値がどれぐらいかわからなければ不安になるのはもっともです。福島県民に安心してもらうための取り組みは絶対に必要です」

 広島大学は現時点で一般市民の検査はしていないが、今後、受け入れを検討するという。(本誌・佐藤秀男)

 
◆今さら内部被曝と言われても...これからどうしたらいいの!?◆

 福島県民の内部被曝検査はようやく始まったばかりだ。まず6月末から、放射線医学総合研究所(千葉市)が浪江町、飯舘村、川俣町の住民を受け入れたが、その数わずか120人。

 県では鳥取県から、WBCを搭載した車両を借りて南相馬市で稼働させ、日本原子力研究開発機構(茨城県)にも2800人分の検査を受け入れてもらったものの、「県民からの検査の要望がものすごい数で、とてもさばききれない状態」(県地域医療課)という。

 県の予算で新たにWBCを5台購入するが、使えるまで4カ月近くかかる。WBCを持つ全国20余りの医療機関に打診したが、ほとんど断られたという。

「若干なら受け入れてくれるところが少数ありましたが、あとは『(WBCは)緊急被曝に備えて持っているものだから』『装置はあっても健康相談など対応できる専門医がいない』とのことでした」(同)

 こうした態度には、現場から異論の声があがる。ある現役医師はこう憤る。

「希望が殺到すると面倒だからでしょうが、病院と医師は患者のためにあるもの。恥ずべき行為です」

 飯舘村から福島市へ避難している菅野由紀恵さん(41)の次男翔太君(10)は、7月2日に放医研で検査を受けた。村の割り当ては20人。朝7時、他の子どもらとバスで4時間以上かけて向かった。付き添った由紀恵さんが言う。

「移動の時間ばかり長くて、検査自体はひとり10分もかからないくらい。バスもガラガラで、これだったらもっと多くの人が受けられるのにと思いました」

 WBC検査のほか、甲状腺に放射性物質が付着していないかチェックされ、尿検査もあった。結果はまだ知らされていない。

 福島第一原発で水素爆発が起きた3月15日、翔太君たちは小雨が降る中、傘もささずにスーパーの買い物の列に並んだ。スーパーは原発周辺から逃げてきた住民であふれていた。

 16日に雪が降り、翌朝、翔太君は兄の大輝(ひろき)君(14)と雪を投げっこして遊んだ。当時の翔太君たちに内部被曝の知識などなかった。今さら被曝していたと言われてもどうすればいいのか。

「検査はやらないよりはやったほうがいいんですかね。早めに対策ができるのか、できないのか。これからどうしたらいいのかを聞きたいです」(由紀恵さん)

 政府の対応が求められている。


週刊朝日