福島第一原発メルトダウン事故が起こってからの私たちは、日本全土に放射能被曝をもたらした許されざる事故責任者たちが、毎日毎日テレビに登場して、平然と事故の解説をする姿を見せつけられてきた。また福島県に雇われた学者たちは、福島県内のすさまじい被曝状態の中に児童を放置しながら、それを安全だと触れ回ってきた。彼らには、まったくと言っていいほど、この大事故を起こしたことに対して、また被曝の深刻さに対して、反省の色が見られない。

 そこでルポライターの明石昇二郎氏と私・広瀬隆は、このままでは次の大事故が誘発されることをおそれ、それを食い止めるため、7月8日に、東京地方検察庁特捜部に対して、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの山下俊一・長崎大大学院教授、神谷研二・広島大原爆放射線医科学研究所長、高村昇・長崎大大学院教授および高木義明・文部科学相らが、福島県内の児童の被曝安全説を触れ回ってきたことに関して、それを重大なる人道的犯罪と断定し、業務上過失致傷罪にあたるものとして刑事告発した。

 また、原子力安全委員会委員長・班目春樹、東京電力会長・勝俣恒久、東京電力前社長・清水正孝、前原子力安全委員会委員長・鈴木篤之(現・日本原子力研究開発機構理事長)、原子力安全・保安院長・寺坂信昭ら多数も、未必の故意によって大事故を起こした責任者として、やはり重大なる人道的犯罪と断定し、業務上過失致死傷罪にあたるものとして刑事告発した。

 特捜部に提出した証拠書類としては、7月15日に発刊した明石昇二郎氏との共著『原発の闇を暴く』(集英社新書)、拙著『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(朝日新書)といった2人の過去の著書などがある。これらは、大地震に原発は耐えられず、津波に対しても十分な対策がなされていなかったことなど、起こり得るとわかっていた「原発震災」の危険性を証拠づけ、この福島第一原発メルトダウン事故が「想定外」ではなく、「未必の故意」に該当する重罪であることを論証したものである。

 福島県内の保護者らでつくる「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」主催の放射能の危険性についての学習会で、私は、7月2日にいわき市、3日には福島市と郡山市で、多くの不安を抱えた父母を前に、福島県内の放射能汚染の実態を話さなければならなかった。会場では、事実を知って涙ぐむ人がいた。私自身も涙をこらえることができなかった。

 告発した内容は、それらの会場で語ったことと同じである。事故責任者に罪の意識がなく、福島県民の一生を台なしにし、大きな被害を日本社会に与え、とりわけ福島県内の児童の生命を危険な状態に放置している、その罪状を急いで明らかにするため、被害者に代わって特捜部による司法の捜査と裁きを求めるものである。国民の多くが裁きを求めているにもかかわらず、彼らの犯罪が放置されていることは、にわかに信じ難いことである。国民に代わって、急ぎ被告発人たちの罪と悪事を白日の下に晒(さら)し、法に基づく正義が実行されることを求める。

 非常に多くの日本人は、いま、放射能の言葉におびえなければならない状況にある。大変な被害を受けていて、内心では原因も責任者も知って腹立ちを覚えながら、それを口にすると自分にはねかえってくる被害が大きくなるので、口をにごさなければならない。

 福島県の学習会に向かう途次に見た光景は、水田の稲が青々と育つ姿であった。いったい、秋になってこれが収穫されたときに、どこへ流通するのだろうか。福島県内で聞いたのは、「収穫して、それをほかの産地のものに混入する」という言葉であった。「すでに原乳は混入されているし、福島県産の野菜は値崩れして安いので、そちこちで外食産業などに流れている」という話まで聞いた。頼むから、学校給食にだけは混入しないでほしいと願うが、給食を担当する人たちの意識がどこまで高まっているか、はなはだ疑問である。

◆認められた権利、災害の罪を問う◆

 福島では、そうした危険性に気づいた父母が自衛しようと、自分の子供に「給食に筍(たけのこ)とシイタケが出たら、残すように」と言っている。そして子供が給食の筍とシイタケを取り分けて残したところ、先生が「食え!」と言って食べさせたという。このおそろしい話を聞いて、いったい日本はどうなるのだろうかと暗然とした気持ちにとらわれた。

 そうした学校関係者の背後に、文部科学省がいることは間違いない。大事故を起こしただけでも取り返しがつかないというのに、子供たちに放射能汚染食品を「安全だ」と叫んで食わせる人間たちとは、どのような悪魔なのだろうか。

 東京地方検察庁特捜部は、傲慢な東京電力の本社ビルに入って家宅捜索し、山のような段ボールに内部資料を詰めて、トラック数十台にそれを積み込んで、すぐに捜査にかからなければならない。特捜部は、名誉回復のためにも、これをしなければなるまい。

 この刑事告発は、告発人が裁判を必要としないことに、すぐれた特長がある。捜査して裁くのは、告発状を受理した司直の人たちの職務である。前出『原発の闇を暴く』のあとがきで、明石氏がこう書いている。

--広瀬さんと私はさらに「闇」の部分を暴くべく、東京電力の幹部や御用学者たちを刑事告発し、司直の手に委ねることを決意した。刑事告発は何も特別なことではなく、広く国民に認められた権利であり、制度だからだ。手間と時間がかかる民事裁判とは異なり、刑事告発で必要なのは「告発状」と新聞記事などの「証拠」、そして告発する本人の「陳述書」のみ。これらを最寄りの地方検察庁か警察に提出するだけでいい。警察署で尋ねれば、やり方を教えてくれる。また、自分は事故の被害者だと思っている方なら、第三者の立場でおこなう刑事告発よりも「刑事告訴」のほうをお勧めしたい。--

 つまりすべての日本人が、私たち2人と同じように告発状を書いて、配達証明で司直に郵送し、これらの告発状が何万通も届くことを願っている。「別冊宝島」1796号・特集「原発の深い闇」2011年8月14日号(7月14日発売)に、明石氏が告発状のひな型を紹介したので、参考にしていただきたい。

 日本が法治国家であると言うなら、被害者自身が、あるいはもの言えぬ被害者に代わって多くの日本人が、原子力災害・放射能災害の罪を問わなければなるまい。 (構成 本誌・堀井正明)

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ひろせ・たかし 1943年生まれ。作家。早大理工学部応用化学科卒。『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書)、『原子炉時限爆弾--大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社)など著書多数。今回の連載に大幅加筆した新刊『FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン』(朝日新書)が5月13日に緊急出版された


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