鎌田 鎌仲さんの最新作「ミツバチの羽音と地球の回転」は、若い観客で映画館はいっぱいだと聞いたけど、自主上映会も各地で人気だそうですね。

鎌仲 「ヒバクシャ」「六ケ所村ラプソディー」を作って、私の長編としては3本目。私は「核3部作」と自分で言っています。テーマがイラクの劣化ウラン弾から始まって、だんだん進化。私自身の核問題とか、エネルギー問題とか環境問題に関する知識が映画を作りながら深まった。イラクの子どもたちの医療支援をしながら、日本人が原発をどうするのかという点に行き当たりました。

鎌田 今回の作品は反原発というだけではなく、新しい提案というか希望につながっている映画だと感じました。

鎌仲 ドキュメンタリー映画で社会問題を描いていると、問題提起だけで終わることも多い。今の時代は「では、どうするんだ」という答えが必要になります。自分たちで考えなさいと投げかけることもできますが、踏み込んで挑戦的に描いたつもりです。

鎌田 2007年に「六ケ所村ラプソディー」の上映会で、山口県の祝島(いわいしま)(上関原発の建設予定地の対岸)に行ったことがきっかけだったそうですね。

鎌仲 偶然の出会いも重なったんですが、祝島には特別なオーラがあって「これはすごい」と思った。島民にもおもしろいキャラクターがいっぱいいて、原発の建設をめぐってガチンコやっている。

鎌田 映画にも出てくる4年に1回の祭事は1千年以上も続いています。「祭りがあるから祝島を守りたい」という大きな理由になっている気がした。日本は高度成長のなかで、ああいう祭事を切り捨ててでも豊かになろうとした。テレビが一家に1台から2台になることを目指した。

鎌仲 映画に出てくる山戸孝君が都会で働こうと思っていたのに、祭りがあるので島に帰ってきて初めて踊った。そのときに祝島で暮らそうと決めた。「踊っているうちに神が降りてくる」と言っていました。

鎌田 祝島の美しさに関係なく、山口県知事が中国電力に対して、島から3・5キロ離れた対岸の田ノ浦に原発の開発許可を出したために、基礎の土木作業が始まるわけでしょう。

鎌仲 それが、6月27日に県知事が埋め立て許可を延長しないと宣言したんです。

鎌田 県知事がそう言った以上は、もう再挑戦はなくなったわけだ。

鎌仲 いえ、原子炉設置許可申請を中国電力が原子力安全・保安院にすでに出しているので状況が変わる可能性があると思います。許可を出すかどうかは経済産業省と保安院に委ねられています。ただ、祝島にすれば、建たないほうにコマが一つ進んだと言っていいと思います。

鎌田 あの祝島の人たちはなぜ、29年間も闘い続けられたのでしょう。

鎌仲 国策に対する不信感が大きいと思うけれど、いちばん大きいのはみんな島の暮らしが大好きなことです。その地続きに原発ができるのは感覚として受け入れられない。そこが基本だと思います。

鎌田 ぼくは『なさけないけどあきらめない』(朝日新聞出版)という本を出版したけれども、6月11日に福島第一原発から20キロゾーンに入りました。放射線防護服を着て、土木作業員たちの熱中症のチェックなど健康管理をすることで許可が出た。南相馬市から海岸沿いに浜通りをずっと入った。原発から10キロゾーンに請戸(うけど)という漁師町があって、津波で壊滅的な打撃を受けた。その町には「原発御殿」と言われる家もあって、東京電力から5千万円ともいう漁業権の補償をもらっているんじゃないかという噂でした。

鎌仲 それぐらいはもらえるはず。

鎌田 話はもう一回、上関原発に戻るけれど、祝島の人は補償の5千万円でなびかなかったのですか。

◆原発考える訓練なしで現代人の心は混乱◆

鎌仲 漁業組合の組合員は一家に1人。5千万円にしても、島民が計算したら、29年という時間で割ると年間50万円。1割は推進派になったけれど、9割は絶対嫌だった。

鎌田 原発立地町村の人たちを責めるんじゃなくて、ぼくたち日本人全体が、この戦後、高度成長のなかで、そういう取引を一人ひとりがみんなやってきたと思う。大事なものを捨てながら、お金がバラまかれ、お金でほっぺたをたたかれて、心の中は納得してないけれど、納得してしまうようなことをしてきた。

鎌仲 祝島はね、やっぱり誇りが高いと思います。自分の意見を言葉にすることが上手だったり。逆に六ケ所村でインタビューすると、住民は沈黙しちゃう。ほかの漁師さんたちの思いはどうなのか、自分が和を乱すのではないか--。

鎌田 空気を読みすぎれば顔色をうかがっちゃう。結局、権力者の顔を見て何も言えなくなっていった。

鎌仲 六ケ所村も最初は抵抗したんです。どこの原発も同じかもしれませんが、ものすごく強大な資本、つまり日本の経団連プラス9電力会社が総力をあげて、あそこに再処理工場を建てるという計画を立てた。ものすごく大きな力だったし、漁師さんたちが抵抗したときに、機動隊を動員して運動をつぶした。高校生のころに自分の親たちがいがみ合って、しかもカネや再処理工場の是非をめぐって、すごく喧々囂々(けんけんごうごう)とやり合ってるのを見て、「もう、嫌だな」と思ってしまった人もいる。

鎌田 エネルギー問題では民主主義が問われていると、新しい本で繰り返し書きました。六ケ所村の話は、民主主義がないね。

鎌仲 今の多くの人たちの混乱は、原発問題に対して、どこから取っかかっていったらいいのか、わからないことだと思う。これまで「考えなくていいよ。安全なんだから」と言われて、原発について考えたこともなかった。それが、大震災でパカッと釜が開いてしまった。放射能に関しても、エネルギーに関しても、情報が錯綜(さくそう)して、どれが正しくてどれが間違ってるのか。私の映画は、その考える訓練というか、民主主義のエクササイズと言っています。映画館でではない自主上映は、今までやっただけで300カ所。この前、徳島では800人、東京・国分寺では500人が観てくれました。この間、京都でやったときにも、会場に入りきらないぐらい人が来ました。

鎌田 3・11後はすごい観客だったでしょうね。

鎌仲 出だしは苦戦しました。大地震の2、3週間前に東京で劇場公開を初めてやりました。既存のマスコミはなぜか紹介してくれないので、客は劇場の半分ぐらいしか来ない。途中でインターネットで情報を流すことにしました。そうすると、宇多田ヒカルさん、一青窈(ひととよう)さん、坂本龍一さん、そういう音楽家たちが観に来て、ツイッターで「観なさーい」と、つぶやいてくれる。それを読んだ人も「私は観たわ」と返してくれて、客はゆっくりと増えつづけてはいた。それが大震災のあとは、もう入りきらないぐらいになりました。そこは劇的に変化した。私は観客を地道に増やしていくことで、原発との長い闘いになると思っていました。だから、今回の事故は大ショックでした。

鎌田 ぼくも甘かった。ほんとに。悔しいよねえ、こんなことが起きてしまった。被災地を走り回って、官僚や政治家の無責任さや情報公開の遅さに怒りは増し、「なさけない」と本を書いたんです。
 朝日新聞がイラクの放射能の汚染で、白血病やがんがたくさん出ているという記事を6月に取り上げた。朝日新聞のスクープみたいに見えたけれど、鎌仲さんの「ヒバクシャ」では1998年に取材している。ぼくたちJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)が言ってきたことを、マスメディアが書いたりしてくれるようになってきた。ぼく、7年前に初めてイラクに入るときに、鎌仲さんと一緒でしたね。

◆ミツバチがいないチェルノブイリ生態系◆

鎌仲 ヨルダンに行って、イラク人の医師たち、鎌田先生や日本の医師たちとの感動的な会議がありました。

鎌田 なぜ今回の映画で、スウェーデンに行ったの?

鎌仲 「六ケ所村ラプソディー」を観た若者たちから、「脱原発をしたいけど、日本ではものすごく壁が厚い。どこに突破口があるのか」とずっと聞かれていて、じゃあ脱原発をやった国がどうしたかを見ればいいと。スウェーデンを選んだのは、持続可能なエネルギーとは何なのか、まで話ができているからです。地球を外から眺めるような視点を持つと、エネルギーの問題を解決する切り口が出てくると思いました。地球全体が、そっちに方向をシフトしないと、音を立てて壊れてしまう。たとえばチェルノブイリの草原にはミツバチがいない。それに、チェルノブイリの事故後に「沈黙の春」じゃないけれども、大量の鳥たちが繁殖に失敗しました。

鎌田 ミツバチ、いないんだ。昨年の夏もチェルノブイリに行ったけれど、いませんでしたね。

鎌仲 今朝起きると鳥の鳴き声がいっぱいするんです。その鳥たちが1年に1回の繁殖をこれから本当にできるのだろうか。心配になっています。イモムシが葉っぱを食べて、その葉っぱのなかに放射性物質が入っていて、それを鳥がヒナに与えるわけでしょ。ヒナが内部被曝する。すべての生態系でこういうことが起きていると想像すると怖くなります。

鎌田 スイスの経済研究機関「世界経済フォーラム」が毎年、競争力ランキングを出しています。2010年は1位がスイスで、2位がスウェーデンになった。ドイツが5位で、9位がデンマーク。脱原発の国が競争力が強い。

鎌仲 原子力という産業は、20世紀の終わりには、もう前時代的な技術になってしまった。スウェーデンは地域分散型というか、地域の人たちが自分たちのコントロール下にエネルギーを置くことをやっている。今の日本のエネルギーは中央集権的であり、独占的です。市場を独占させていて、原発という中央集権的な電気のつくり方をし、放射性廃棄物を出している。

鎌田 つまり、20世紀の中央集権的、オヤジ的発想が原発をつくりつづけてきたわけ?

鎌仲 それが言いたかった。(笑い)

鎌田 それは意識したんですか、スウェーデンに行くときに。

鎌仲 そこをなんとか開いて、解体していかないとダメだと思いました。秋田では「風の王国プロジェクト」があります。風力発電で電気をつくって、映画に出てきたようなスウェーデン人のように、自分のクルマをその電気で充電して走る。そのお金は地域のベンチャーに落ちる。1千基の風力発電を地元で製作すると、すごくいい。低周波が出にくいとか、50メートルの風速に耐えうるとか、そういうのを今、開発していて、一部実用化している。そうすると、若い人たちが地域にとどまって、自然エネルギーの仕事ができる。カッコいいですよね。

鎌田 人をかなり必要としているから、雇用が地方で生まれる。

鎌仲 ドイツでは、風力発電の世界ナンバーワンになることで、約50万人の雇用を7年間で生みだした。

鎌田 東北は風が多いんですよね。

鎌仲 北のほうが風力発電の効率がいいんです。もう一つはバイオマス。牛のウンチや木屑(きくず)による発電です。スウェーデンは2010年に石油を抜いてバイオマスがエネルギーのナンバーワンになった。今、国際市場は脱石油に向かっています。私は原子力を推進する人たちに、「チェルノブイリのようなことは絶対日本では起きないから」と何百回も言われてきたけども、この体たらくでした。チェルノブイリは10日間で収束させたけど、福島はまだ今、オンゴーイング(進行中)ですからね。深刻ですよ。

◆今の政治家たちで日本は10年もつのか◆

鎌田 チェルノブイリにかなり近い。6月中旬に南相馬市を流れる二つの川のアユから3千ベクレル以上のセシウムが検出されました。魚の暫定基準値は500ベクレルです。川はあぶない。海の問題がはっきりしてくるのは、まだこれからだと思うけれど、チェルノブイリを経験していると、川魚の汚染が心配です。
 南相馬は、福島のなかではどちらかというと汚染の少ない地域です。汚染の高いところの川の魚は、これからはっきりしてくる。大変なことが起きているんじゃないかなと心配しています。

鎌仲 放射性物質は最初プランクトンのなかに入っているけれども、アユの体に入るまでにどんどん濃縮していった。そのアユを食べることはできない。今のところの情報だと主に放射性セシウムですが、ずーっと残るんですよねえ。

鎌田 福島県のガレキをどうするべきか。埋めても燃やしても放射性物質は消えない。ヒマワリがいい、ナタネがいいとも言われますが、ヒマワリで吸収したところで、ヒマワリのなかに放射性物質が集まっているだけ。消えたわけじゃないんですからね。
 校庭の表土を掘り返しても、それを校庭の隅に積んでいる。子どもを守るためにはまずいですよね。

鎌仲 まずい。せめて土嚢(どのう)に入れて、そこをまたビニールでシールド(封入)して放射線を出さないようにしないといけないですよ。

鎌田 埋めるしかないと思う。校庭に埋めるんじゃなくて、埋める場所を決めて、できるだけ深く掘って、それからシートで遮って、放射性物質がしみ出さないようにすることも大切です。地下水を汚してはいけない。日本は1400兆円ともいわれる国民の貯金があるので、今のところ破綻はしていないけれど、地域経済でお金をもっと動かさないと将来は暗いね。

鎌仲 スウェーデン政府は約30年前に、「このままいくとスウェーデンという国は200年後になくなる」とはっきり国民に宣言したんですよ。人口が減少してなくなると。

鎌田 日本も今、そう言わなくちゃいけない時期だね。今の日本の政治家の能力だと、あと10年でこの国はなくなるって言いたいけどな。(笑い)

鎌仲 10年もつかしらねえ。みんなそういう危機感をもって、すごく不安に思っているんじゃないかなあ。福島であれだけの広範な生産地を失って、今も失いつつあるわけでしょう。ものすごい健康被害もこれから起きてくる。それなのに、こんなに隠蔽をやりつづけて、世界中の信頼を失墜しているわけですから。 (構成 本誌・山本朋史)

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かまた・みのる 1948年、東京都生まれ。諏訪中央病院名誉院長。91年に日本チェルノブイリ連帯基金を設立し、ベラルーシに20年間で医師団を94回派遣し、約14億円の医薬品を支援してきた。著書に『がんばらない』『あきらめない』『なげださない』など。ホームページhttp://www.kamataminoru.com
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かまなか・ひとみ 1958年、富山県生まれ。映像作家。90年、「スエチャおじさん バリ・夢・うつつ」で監督デビュー。「ヒバクシャ」「六ケ所村ラプソディー」など作品多数。著書も『ドキュメンタリーの力』(共著)など多数。自主上映の詳細はhttp://888earth.net


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