「安定した」は真っ赤な"嘘"

 福島第一原子力発電所が三度(みたび)、大きな水素爆発を起こす危機に直面している。もしまた爆発すれば、これまで以上の大量の放射性物質が広範囲にばらまかれる可能性がある。にもかかわらず、政府は原発周辺住民の「一時帰宅」を検討し始めた。政府の鈍い対応に、原発を進めてきた専門家からも強い危機感が出ている。

「福島第一原発で、再び水素爆発の危険が迫っています。すでに燃料が溶けて膨大な放射性物質が出ているところに爆発が重なれば、深刻な放射能汚染が起きかねません」

 こう警告するのは、元日本原子力学会会長の田中俊一氏ら、これまで日本の原子力開発を進めてきた政府機関のOBたちだ。

 水素爆発といえば、地震翌日の3月12日に1号機が、14日には3号機が起こし、それぞれ建屋上部を吹き飛ばした。地震による津波で炉心の冷却システムがダウンし、圧力容器内が高温になったことで、燃料棒の被覆管が水と反応して水素が発生したためだった。

 一方で東京電力によると、すでに1号機は燃料の7割が、2号機と3号機は約3割が損傷しているという。専門家は、

「燃料棒のかなりの部分がすでに溶け、それが圧力容器の底にある制御棒を出し入れする穴のシールを溶かし、外に滴り落ちている」

 とみる。つまり被覆管の大半はすでに溶けてなくなっている可能性が高く、水と反応したくてもないはずだった。

 なのに、なぜ再び水素が発生するのか? 冒頭の田中氏の説明はこうだ。

「強い放射線を受けると、水自体が水素と酸素に分解する『放射線分解』が起きます。被覆管がなくなっていても、燃料が放射線を出しているかぎり水素が出るのです」

◆情報「5重の壁」政府の動き鈍く◆

 水は冷却水として圧力容器内に大量に注入されてきた。しかも、地震直後は淡水が調達できずに海水を入れた。海水からは酸素が出やすい。前2回と同様の水素爆発の条件がそろっていることになる。

 もし爆発で圧力容器が破壊されると、損傷した燃料本体が外に飛散する。放出される放射性物質は、前2回の水素爆発で漏れた量とはけた違いに大きくなる。

「ざっと計算しても、前2回の合計の10倍でしょう」(放射線の専門家)

 すでに原発周辺で深刻な土壌汚染が明らかになっている。このうえ爆発が起きれば被害は致命的になり、首都圏にまで汚染が広がりかねない。

 そして、この田中氏らの心配を裏付けるように、燃料損失が最も大きかった1号機の圧力容器の圧力が、3月下旬から上がり始めている。二つある計器のうち、一つは3気圧程度だったのが4月9日には約9気圧にまで上がった。

 これまで水素は圧力容器の安全弁から格納容器へ抜けていた。しかし、格納容器に注入された冷却水で弁が詰まり、圧力容器から出なくなったためではないかと、田中氏は推測している。

 東京電力は7日未明、1号機に窒素を注入し始めた。窒素によって、水素と酸素が化合して水素爆発するのを防ぐことができるからだ。

 ただ、注入しているのは圧力容器の外側にある格納容器内だけだ。経済産業省原子力安全・保安院の担当者はこう説明する。

「放射線分解で出る水素は多くなく、爆発の可能性は低い。格納容器より小さい圧力容器が爆発する可能性はさらに少ない。万が一、格納容器が爆発しても、建屋とは違って容器が頑丈なので、現在の避難地域を変更するほどの被害はありません」

 保安院の予測では、爆発しても、原発から20キロ地点の被曝量は0・028ミリシーベルトと、屋内退避の目安(10~50ミリシーベルト)より十分小さいのだという。

 しかし、内閣府原子力安全委員会の代谷(しろや)誠治委員の意見は正反対だ。

「水素爆発が起きても今と変わらないなら、窒素を注入するなどという判断にはなりません。爆発すれば中にあるものが全部出て、非常に大変な事態になる。風向きによっては、避難区域にとどまるとはいえないでしょう」

 どちらが安全側に立っているかは一目瞭然だろう。

 にもかかわらず、東京電力の勝俣恒久会長は「原子炉は多少安定してきた」と言い、枝野幸男官房長官は避難中の原発周辺住民を近く「一時帰宅」させることを明らかにした。もし、一時帰宅中の住民を水素爆発が襲ったら? 代谷委員は明言する。

「一時帰宅には原則反対です。水素爆発はそのリスクの一つです」

 政府は福島第一原発の現状を、どこまで理解できているのだろうか? こうした疑念は今や、原発を推進してきた専門家たちからも出ている。

 原子力安全委員会専門委員の奈良林直(ただし)・北海道大学大学院教授は、今の政府の対応をこうみる。

「原発には放射能を防ぐ『5重の壁』〈注〉があると言われてきました。今回の津波で残念ながら破られましたが、代わりにより強固だったのが情報伝達の『5重の壁』です」

 メーカーと東京電力、原子力安全・保安院、原子力安全委員会、官邸という五つの関係機関の間で意思疎通が悪く、知恵が集まらないうえに、判断に時間がかかっているという。前出の代谷委員が言う。

「原子炉の状況について、保安院から安全委員会に明確にお伝えいただいたことはありません」

 こうした「壁」にじゃまされて、意思疎通はこんなに複雑な経路をたどっているという。

「例えば、東芝や日立製作所などのメーカーが東電に提案しても、それを東電や保安院がチェックし、さらに原子力安全委員会がダブルチェックして、問題があれば保安院から東電、メーカーに戻され、それが繰り返されてから、やっと官邸に届いて、ようやくゴーサインが出るといった具合のようです」(奈良林氏)

 その影響はすでに表れている。

 東京電力は4月4日から、高濃度の放射能汚染水の保管場所を確保するため、比較的汚染度の低い水1万1500トンを海へ放出した。この結果、全国漁業協同組合連合会は激しく抗議し、東電の勝俣会長が陳謝した。

 しかし、この汚染水は、動かない冷却システムに代わって原子炉に注入した冷却水が漏れ出たものだ。これからも出るし、保管場所がなくなればまた海に流さなければならない。

「これでは悪循環です。汚染水は安価に入手できる除去装置で浄化してから、再び冷却水として炉心に注入すればいい。そうすれば、冷却水を新たに調達する必要もないし、汚染水を海へ流す必要もなくなります」(同)

 先週、問題になった作業用トンネルから海への汚染水流出も同じだ。コンクリートからおがくず、新聞紙まで投げ入れても止まらず、凝固剤でようやく止めた。しかし、汚染水自体は処理されないまま残っている。再び増えてあふれ出ないか、不安な日々が続く。

 いずれも目先の問題に対処するだけで、根本的な問題に向き合えていない。

 そもそも、炉心安定に不可欠な冷却システムは一体いつ、どうやって回復するのか。東電や保安院は会見で、冷却システムがある建屋の地階が汚染水につかっていることでシステム自体に近づけず、めどが立たないとしている。

◆収束させないと見放される原発◆

 しかし、ある専門家は、

「冷却ポンプが地下にあることは事前にわかっていた。あれほど大量の水を原子炉に注入したのだから、いずれ地下に水があふれてポンプが水没することは十分予想できたはずだ」

 と指摘する。

 ここでも奈良林氏らは、外付けの冷却システムの新設を政府に提案している。

 圧力容器へ冷却水を送ったり、容器内の水を受けたりするためのタンクには、マンションの屋上などにある受水槽を使う。一つの容量は小さくても、つなげればいい。何よりマンション用ならすぐに調達できる。同じく冷却器にも、ビルの屋上などに設置されている市販品を使う。

「発電所の冷却装置は原子炉のフルパワー時を想定して巨大な装置になっていますが、福島第一の各原子炉の燃料はすでに0・2%程度の熱量しかありません。コンクリートブロックや鉄板を重ねて遮蔽すれば、市販の装置で十分です」(奈良林氏)

 加えて、放射性ヨウ素やセシウムを除去する「放射能浄化装置」を組み込めば、汚染除去が同時にできる。塩分の蒸留装置まで組み込めば、事故直後に海水を注入したことで炉内に付着しているはずの塩分を取り除くこともできる。

「発注してトラックに積み込み、原発敷地内で設営しても1カ月程度でできるはず。事故直後に始めていれば、今ごろはもうできているのですが」

 そう言って、奈良林氏は苦笑した。

「想定外の、未曽有の天災だった」--今回の原発事故について、東電も保安院もよくこの表現を使う。

 大手メーカーの元原子力プラント設計者は指摘する。

「すべての交流電源が喪失して、冷却システムがダウンすることを想定していなかったのは、日本の原子力発電所の設計と建設を進めてきた自負と責任からも痛恨です。この事態を何とか収束させなければ、結果的に原子力が国民から見放されてしまいかねません」

 奈良林氏も、かつて東芝の研究者として原発トラブルに対応した経験を踏まえて、こう話す。

「原子力防災の基本思想に『深層防護』という言葉があります。ある手段がダメだった時を想定して、あらかじめ次の手段を用意して多段的に対策を施すことなのですが、今回は目の前で起きたことにかかりきりになって、まるで『もぐらたたき』です」

 果たしてこの現状で、住民が「一時帰宅」できる日は来るのだろうか。

◆米国頼みの「汚染マップ」作り 20キロ圏内を"敬遠"? 行政の壁◆

 政府は4月7日、福島第一原発事故で避難生活を強いられている半径20キロ圏内の住民の一時帰宅を段階的に始めると明らかにした。住民から「貴重品を取りに帰りたい」などの要望が強いためだが、原発は今なお、冷却システムが回復しない危機的状況が続いている。一時帰宅しても大丈夫なのか。

 現在、20キロ圏内は放射能が強いことから「避難指示」が出ていて、住民はほとんどいない。このため、一帯の放射線濃度は東京電力が独自に測定した値しか公表されていない。一時帰宅をさせるには別途、政府による汚染調査が不可欠だ。

 政府が進めている20キロ圏内の唯一の調査は、文部科学省と米国エネルギー省(DOE)による合同調査「航空機モニタリング」だ。小型機に検査機を積み込んで、福島第一原発から80キロ圏内の空中や地表面の放射線濃度を測定する。

 文科省原子力災害対策支援本部はこう話す。

「高度150メートルから、地上のシーベルト値とベクレル値を推定できます。結果は4月中旬に公開予定で、一時帰宅への判断材料になると思います」

 ただ、放射性セシウムなどは重く、すでに多くが空から地表や樹木の上に落ちている可能性が高い。高空から、これらを正確にキャッチできるのだろうか。調査の実務を担当する原子力安全技術センターの担当者が解説する。

「汚染濃度は距離の二乗で減衰します。ですから、高度と照らして数値を補正しなければなりません。これに飛行速度などを加味して、地上での実測値との誤差を20%以内にします」

 担当者は自信を見せるが、20%もの誤差があって大丈夫なのだろうか。

 そして、問題は精度だけではない。

「事故以降、国内の航空機はこの20キロ圏内の飛行を禁じられています。でも、米国機なら日米地位協定に基づき、航空法の適用除外になり、飛行が可能なのです」(文科省の担当者)

 汚染地域の調査は日本ではできないから、米国に頼むというのだ。

 また、このシステムは未完成でもあるらしい。

「完成まであと1年残っていることは事実です。米国のように核実験をしていないので、日本では地上が放射能汚染されるという状況がこれまでありませんでした。このため、実地テストができなかったのです」(同)

 さらに、この調査は放射線のうち放射性ヨウ素などが出すγ線しか検知できない。α線やβ線を出す放射性物質の汚染は調べられないのだ。

 元日本原子力学会会長の田中俊一氏はこう訴える。

「一時帰宅を許可するならば、20キロ圏内にきちんと人が入って調査した結果を公表すべきでしょう。それにより、どの地点に何時間ぐらいいてもいいのかがわかります。最終的には、より詳細な汚染マップを作って判断する必要があります。すぐに作れるものでもない。今から地道に調査すべきです」

 これに対して、文科省はさらなる調査に消極的だ。

「文科省の調査範囲は20キロ以遠です。20キロ以内に入れるのは原子力安全・保安院ですから」

 その原子力安全・保安院は、

「私たちは事業者(東電)の監督機関であり、汚染調査のスキルは持っていない。保安院が汚染調査をする予定はありません」(広報)

 結局、詳しい汚染マップができるのかも、よくわからない。

 住民の方々を思えば、一刻も早い一時帰宅は必要だ。しかし、だからこそ、「安全軽視」ではいけないのではないだろうか。

〈注〉「5重の壁」とは(1)原子炉建屋(2)格納容器(3)圧力容器(4)燃料棒の被覆管(5)燃料を焼き固めたペレット

週刊朝日