瀬戸内海に浮かぶ祝島(山口県上関町)は、人口500人弱の小さな島だ。古代においては、畿内から九州・国東半島を結ぶ海上交通の要所とされ、万葉集にもその名を詠まれるほど広く知られていたというが、今ではその名を知る人もそう多くはなくなった。JR広島駅から在来線で1時間半ほどの柳井港から、さらにフェリーで1時間半海上を揺られてやっと、この小さなハート形の島にたどり着くことができる。

 島の土地のほとんどは深い森林に覆われているため、島民は港近くに密集し、多くが漁業と農業を生業として暮らしている。地域に密着した小さな商店や電器店。石を塗り込んだ美しい練塀。民家の軒先に並ぶ寒干大根。海辺で天日干しにされたひじきなど、懐かしい風景を残す静かでおだやかな島だ。

 今年1月、この島で画期的な試みがスタートした。「祝島自然エネルギー100%プロジェクト」と銘打たれたこの計画は、祝島の恵まれた自然を生かし、太陽光や風力などによる発電で、エネルギー自給率100%を目指すというものだ。自然エネルギー政策を積極的に進めている欧米では例があるが、日本国内においては初の試みとなる。

 なぜこの小さな島で、日本のエネルギー問題の流れを大きく変えるような計画が行われようとしているのか。それは、この島が長年にわたり、「原発」問題と向き合ってきたことに深く関係している。

 祝島と海を挟んで向かい合う長島・田ノ浦に、中国電力による原子力発電所の建設計画が持ち上がったのは、1982年のことだ。漁業で生計を立てる島民にとって、原発建設によって環境が破壊されることは死活問題だ。微量とはいえ、排水に含まれる放射性物質は、風評被害の原因にもなる。島民は総額10億円を超える漁業補償金の受け取りを拒否。以来、今に至るまで反対運動を続けている。

 また、祝島周辺の海は、環境汚染が進む瀬戸内海の中で、世界的にも絶滅危惧種とされるカンムリウミスズメやスナメリなどが生息する生物多様性の宝庫としても知られている。原発の温排水が島周辺の生態系を大きく変えることは目に見えており、環境への影響が懸念されている。

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