--今なぜ円高なのか。
 円高というよりはドル安、ユーロ安、元安だ。マーケットは、売買の理屈が後からついてくる世界とも言える。「日本の経済は相対的に堅調だから円買い」などと言われたりもするが、日本経済は必ずしも盤石ではなく、現在の円独歩高は経済的合理性に欠ける。
 今の円独歩高の本質を理解するには、そういう方向に国際的な力学が働いていることに着目すべきだろう。世界全体が、円および日本経済を逃げ道にしているということだ。別の言い方をすれば、円や日本経済に対する包囲網ができてしまっているという気がする。

--為替介入を待望する声も一部にあるが?
 リーマンショック後の不況から立ち直りつつあった世界経済は、ギリシャの財政危機に端を発して雲行きが怪しくなり、まだその状況が続いている。アメリカもヨーロッパも中国も、輸出に頼って経済を下支えしたいというのが本音だ。だから、EU(欧州連合)の高官は、8月11日、早々と「為替市場に対する介入は望まないし、反対する」というコメントを出した。
 私は為替介入についてコメントする立場にはないが、一般論としては、各国とも、現在の情勢下では自国通貨は安いほうが良いと考えているだろう。従って、日本が介入しても単独介入にならざるを得ず、効果は限定的だ。
 国際協調という表向きの建前はともかく、どこの国も自国経済に有利なように立ち振る舞うのは当然のことだと、日本も認識しなければならない。

--やはり円安のほうが日本にとっては有益なのか。
 為替は、どちら向きに動いてもメリットとデメリットの両方がある。今の局面では、確かに円安に動いたほうが輸出産業にはプラスだし、輸入インフレ的なバイアスがかかるからデフレ対策としてもプラスだ。従って、円安のほうがメリットが大きいと感じる人が多いのは理解できる。
 
 ●今世界に必要なパラダイム転換
 一方、円高は自国通貨の購買力を高めるという面がある。日本は材料を含め、いろいろなものを輸入しているわけだから、そういう意味では自国通貨が強くなることは絶対的に悪いということではない。

--円高が続き、内需が拡大しないままデフレが続くと、預金者や投資家がこぞって海外に走り、日本の金融機関が日本国債を消化できなくなるという見方がある。日銀の追加的金融緩和策やインフレターゲティングで円高、需給ギャップ対策を行うことが急務だという声も根強いが?
 悲観的なシナリオを考えればそういうことになる。あらゆる可能性やリスクを想定しなければならない。だからと言って、インフレターゲティングによって問題が解決する保証はない。
 昨年11月、菅直人経済財政相(当時)のデフレ宣言に追随して日銀もデフレを認め、マイナスのインフレ率は容認しないことを宣言した。さらに、今はプラスのインフレ率を目指すと明言しているから、事実上のインフレターゲティングとも言える。プラスのインフレ率を来年度に実現することをコミットしている中で、それも実現していないうちに、もっと高い目標を掲げることは論理的ではない。
 問題は、それを実現するために日銀があらゆる政策努力を行い、すべての政策手段を駆使しているかどうかだ。そうではないという批判に対して、日銀は真摯に応えなくてはならない。日銀は、まだやれることを考え、政策目標実現のための具体策を実行し続けなければならない。
 日本が事実上のゼロ金利になって約15年がたつ。初めは「非伝統的」などと揶揄されたが、リーマンショック後、欧米の中央銀行当局も、超低金利、場合によってはゼロ金利、量的緩和という非伝統的な金融政策の領域に入ってきた。
 21世紀に入り、経済構造や国際社会には確実にパラダイム転換が起きている。20世紀の経済理論および経済政策理論がフィットしない時代に入ってきた。政府や中央銀行には、自分たちが「政策フロンティア」に入ったという認識が必要だ。
 日銀も政府も、今までの常識の延長線上で、「これ以上やれることはない」と言うだけでは済まない。
 
 ●矮小な議論やめ、大胆に戦略的に
--元は高止まりしている。
 貿易黒字が急増している中国は、1980年代の日本と同じような立場だ。しかし、当時の日本が、プラザ合意で欧米から円高要求を突きつけられ、「ハイ、わかりました」と応じたのと違い、現在の中国はそういう従順な協調姿勢を示していない。
 徐々に元を切り上げてはいるが、基本的には元高反対。かつて日本がとったような行動には至っていない。
 1970年代からアメリカも一貫してドル安政策を取っているが、アメリカは中国に対して立場が弱くなっている。米国債保有残高は中国が世界一で、米国は中国の言い分には配慮せざるを得ない。そこで、いちばんおとなしい日本にツケが回ってきているという構図だ。

--中国は米国債の保有残高を減らし、日本国債の保有を増やしている。
 中国は極めて戦略的に国家を運営している。米国債を持つということが、外貨運用という意味を超えて、どういう影響を持つかを考えながら行動している。
 そういう中で、確かに今年に入って中国は日本国債をかなり買い越している。
 経済的に言えば、ドル安、ユーロ安に備えたリスク分散投資という説明になる。しかし、政治的に言えばもっと深い意味がある。
 日本の長期金利や円相場に影響を与えやすい政策手段を用意している、という解釈も成り立つ。

--日本はどうすべきか。
 円高だから為替介入か追加的金融緩和だ、といった矮小化した議論ではなく、社会構造全体を見直す時期にきている。
 当たり前のことだが、需要の存在する分野の産業や企業を育てる政策を推進することが重要だ。需要がない分野に政策財源を投入しても効果は出ない。収益はあがらず、社員の所得も増えず、消費も増えない、税収も増えないという底なし沼みたいな循環に入ってしまう。公共投資依存型の経済政策はその典型だ。
 需要の存在する分野といえば、明らかなのは医療だ。医療支出だけは、政府からと家計からが、ともに増え続けている。
 世界中で従来のマクロ経済政策が壁に突き当たっている中、円高なら為替介入、金融緩和という定番の発想にとどまらず、広い視野で柔軟かつ大胆に戦略的に考えることが必要だ。
 最初にすべきことは、そのための政府、国民の意識改革かもしれない。
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おおつか・こうへい 1959年生まれ。内閣府で金融、郵政改革、規制改革などを担当。日銀出身で、当時も金融市場を担当していた。マクロ経済学の博士号も取得している

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