熟年世代の「幸福」の見つけ方

 渡辺淳一さんの新作小説『孤舟』(集英社)は団塊世代のエリートサラリーマン・威一郎が定年後、思わぬ孤独に陥る物語だ。一方、女性も仕事を持つことに幸せがあると説く『女性の幸福 仕事編』(PHP新書)を書き下ろした坂東眞理子さんは団塊世代。男女の違いを軸に、熟年世代はどう第二の人生と向き合うべきか、語り合っていただいた。

*  *  *

坂東:渡辺先生の小説は女性との恋愛物語が多いイメージだったんですが、今度の『孤舟』はずいぶん違って、社会派だなぁと思いながら拝見しました。これは男性と女性、どちらが多く読んでいるんでしょうか?

渡辺:まずおもしろいと言ってくれるのは女性で、特に主婦層ですね。

坂東:私が言いたかったことを(主人公・威一郎の)妻の洋子さんが言ってくれている!という感じなんでしょうね。

渡辺:夫に読ませて、自分の代わりに文句を言わせようとしているのかも。男は恐る恐る手にとって密かに読むけど、しゃべらないみたい。(笑)

坂東:自分の姿かたちを鏡に映されて突きつけられるような気分になるんでしょうね。私はこの主人公と同世代ですからよくわかるんですけど、まさに私の周りが今こういう状態です。

渡辺:あららら。(笑)

坂東:専業主婦の友達からは、夫がずっと家にいてうんざりするという話はよく聞きますが、男性からは聞いたことがなかったので男性も大変で可哀想だなぁと思いました。(笑)

渡辺:そうですよ、男は年齢をとるとつらいんです……。でもカッコつけだから、そんなことしゃべらない。

坂東:妻にも子供にもカッコつけて、自分の弱い部分は見せたくないんですね。

渡辺:そう、そのとおりです。しかし僕は今回、団塊の世代の男たちに生身でぶつかって話を聞いてみましたが、これは大変な事態だと思いました。今、日本で60代以上の人口が総人口の3割ほどですよ。

坂東:そうですね。

渡辺:この人たちを働かせたら、その人数が納税者になるんです。それなのにヒマを持て余して嘆きながら生きている。これは大きな問題ですよ。でも政治家はこのことを何も考えていない。

坂東:まだ自分は60代だし何かやりたい、できるはずだ、でもその働く場がない、という人たちですね。確かにもったいないけど、でもね、彼らにも問題はありますよ。会社の肩書に頼りすぎだった人が多いから。

渡辺:そうですね。

坂東:高度成長期で勢いがあった会社は男性にすごく優しかった。会社は友達も先輩も後輩も全部、面倒見てくれるコミュニティーだったんです。だから会社を離れたら交友関係も何も残ってなくて、独り立ちできない。一方で、会社は女性には優しくありませんでしたから、会社に寄りかからない人間にならざるを得なかった。女性は初めから会社に期待しなかった分、少し強いのかなと思います。

渡辺:いや、少しじゃなくて圧倒的に強いですよ(笑)。女性は横並びの付き合いができますけど、男はそれもできない。男は地位が上がれば上がるほど孤独になるんです。地位が高い男に親友なんかいません。

坂東:そうですか?

渡辺:ええ。学生時代や入社当時はいるんですけどね。

坂東:同期でよく群れてますものね。でも、だんだんバラけてきますね。

渡辺:そうです。男は親友を振り捨てて孤立化しないと出世できないという宿命を背負っている。だからどんどん孤独になる。

坂東:でも、みんなでゴルフに行ったりしてません?

渡辺:あれは社用で行くんですよ。定年になったあとはお互い経済状況が違うし、そうは誘えない。

●男は自分から誘わない、ヒマと思われたくない

坂東:男性は仕事ならずうずうしいくらいの人でも、プライベートになると、自分から誘わない人が多いですね。

渡辺:そう。こいつヒマなんだ、と思われたくない。誘われたから渋々行くというフリをしたいんです。

坂東:そんな男性を手のひらの上にのせて、あやさなきゃいけないのかしらっていう疑問を感じました。(笑)

渡辺:そもそも定年後の男のお小遣いは急に減るから、そうは遊べないですよ。一流企業を辞めた人の奥様方に聞いたらね、だいたい夫の月の小遣いは3万円だって言います。だからその年代の男はコーヒー飲むのもスターバックスじゃなくて、値段の安いドトールにいる。何十円かほんのわずかな差だけど、安いほうの店にあふれ返ってますよ。

坂東:え、本当ですか!?

渡辺:住む家があって食べる物はタダで、どうしてほかに3万もいるの、って。

坂東:日本の専業主婦はすごい権力者ですね。

渡辺:虐げられてると思ってる主婦たちもいるけど、見方によっては確かに権力者ですね。

坂東:でも威一郎さんみたいに妻子を養うほど稼いでくれる男性はどんどん少なくなっているから、こういう結婚ができるのは洋子さんが最後の世代ですよ。もう今は、専業主婦にはなれない時代ですから。

渡辺:坂東さんによると、威一郎は何だかすごくいい男みたいで。(笑)

坂東:偉いですよ。ある意味、古き良き時代の人ですよね。でも今、日本の企業は変革期で、これからは定年どころか30代40代で放り出されたり、給料が上がらなくなる人が増えていきます。私の本『女性の幸福』は少し若い世代に向けているんですが、ちゃんとそうした現実を見て、結婚・出産しても仕事を続けることが大事だとアドバイスしています。男女共に働いて家事を分担するような形にしないといけませんね。

渡辺:でも若い男はそこまでして結婚したくない。結婚した先輩たちが大変そうで、ああはなりたくないって言いますよ。

坂東:だからそれは奥さんが専業主婦になるから貧しくなるんで、共働きで仕事を続ければいいんですよ。

渡辺:でも大多数の女性は子供が生まれると仕事が難しくなる。結局夫の給料にすがるようになる。それでやってこれたんですから。

坂東:でもこれからの時代は二人で働かないとやっていけないと思います。年金も少ないですしね。

渡辺:そう、いろんな変革期ですね。結婚制度も家族制度も。

坂東:ええ、職場もコミュニティーもそうですね。だからこれからの働く女性は、威一郎さんみたいな、偉くなるために肩書を最優先に考えるような働き方はしてはいけないんです。

渡辺:男は肩書を気にしますからね。必ず名刺交換をして相手を値踏みする。だから定年になってからも、昔のポジションを書いた名刺を持っている人も多いですよ。

坂東:手書きで「前」とか「元」とか書き添えてあったり。(笑)

渡辺:そう。熟年世代の集まりやパーティーなんかに行くと、「前」と書いた名刺がいっぱい集まります。

坂東:あれを見ると私はちょっと恥ずかしいなと思いますね。いま何しているかを書いてほしいですよ。

渡辺:そんな人、女性にはいませんよねぇ。

坂東:いないです(笑)。男の人は組織に頼りすぎですね。会社の肩書だけじゃなしに自分で力を持っている方ならば、60歳を超えても働く場は必ずありますよ。経理の方ですとNPOとかですごく重宝されています。会社で偉かった人がダメなんですよね。

渡辺:男はプライドが高いし、価値観を切り替えるのは難しいからなぁ……これを書く前に僕は図書館やスーパー、デパートとか、いろんな場所を見てきましたけどね、そこにはこの年代の男たちがあふれていましたよ。

坂東:その人たちを何とかしないといけないですね。どうすればいいんでしょう。

渡辺:以前、僕の担当編集者だった出版社のOBは「先生、給料は10万でもいいんです。とにかく朝からどこかに出掛けていく場所が欲しいんです」と言っていたな。

坂東:……わかりました。昭和女子大に来ていただいて、学生たちに一対一で教えていただく。(笑)

渡辺:それ、希望者が、い~っぱいいますよ。

坂東:いっぱい来すぎちゃうかしら(笑)。今は学生たちがまともな日本語を書けないので、ライティングのサポートセンターを作って文章を指導しているんです。そこで添削指導するような仕事を、半ばボランティアで来ていただければ……。

渡辺:いや、ボランティアじゃなくて。みな本気で考えてるんだから。

坂東:じゃあ本気で考えます。(笑)

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