「例えば都営地下鉄が東京メトロを買収するかもしれないし、東京メトロが都営を買収するかもしれない。それで企業価値が高まるなら、(都営の)借金が1兆円あってもあまり気にならないんじゃないか」

 8月3日、国と東京都、東京メトロが経営一元化問題について話し合う初めての「東京の地下鉄の一元化等に関する協議会」が開かれた。
 その直後の会見で、猪瀬直樹・東京都副知事はそう語った。
「都営地下鉄の債務を東京メトロに押しつけることになるのでは」
 との記者側の質問にも、
「その言い方がよくわからない」
 とかわした。

 小泉政権下で道路公団改革の道筋をつけた猪瀬氏が、今回、目をつけたのは東京の地下鉄だった。現在は「都営地下鉄」と「東京地下鉄(東京メトロ)」の二つの鉄道が走っているが、経営が違うために、運賃からサービスまで、さまざまな不便が残されたままだからだ。
 最も違うのは運賃。都営のほうが初乗り運賃で東京メトロより10円高く、距離による加算も割高のため、乗車距離が長くなると、その差は最大110円に広がる。
 さらに、通勤・通学では他社線を乗り継ぐことが多いが、両地下鉄を乗り継ぐと、160円と170円の初乗り運賃の合計を払わなければならない。いちおう70円の割引があるものの、初乗り運賃は260円になる。
 このほか、せっかく隣り合っているホームが壁で仕切られていたり、いちいち改札を抜けないと乗り換えられなかったりと、問題は山積している。
「今後、日本の人口は減少していく。地下鉄もこのままではお客が減るばかり。経営の一元化で運賃を下げて、サービスの向上に努めなければいけない」(猪瀬氏)
 では、経営統合でどうやって運賃を下げるのか。

 国土交通省などによると、都営の運賃を東京メトロと同じにすると、減収額は300億~400億円になる。これは都営の営業収入の3割近い。値下げするには、この原資をどこからか捻出しなければならない。
「都営地下鉄の合理化努力だけでは限界がある。統合で無駄をそぎ落とす。たとえば駅長は2人いらないし、助役など職員が減らせる」
 猪瀬氏はそう指摘する。

 東京メトロの職員数は約8400人、都営は約3500人。統合すれば約1万2千人になるが、このうち2千人程度を段階的に減らすことで人件費を削減できるとする。また、車両のメンテナンスや新造車両の開発も共同でできるという。

 さらに、統合後に民営化すれば、東京の地下を独占する巨大な鉄道会社が出現する。
「(新会社は)東京メトロの倍の企業価値がある」(猪瀬氏)
 都議のなかにも、
「こうした会社の出現に期待する投資会社は多い」
 と関心を示す人は多い。

 しかし、猪瀬氏の統合案に、東京メトロとその筆頭株主である財務省、国交省は難色を示している。なぜなら、東京メトロは単独で、株式上場による完全民営化を目指しているからだ。しかもこのことは「東京地下鉄株式会社法」に明記されている。

 にもかかわらず経営統合すれば、都営地下鉄の約1兆1200億円もの長期債務や、約4300億円の累積欠損が東京メトロに押しつけられる。
「そんなことになれば、東京メトロの企業価値が損なわれて上場できなくなる」
「都職員が多数残った新会社に、効率的な経営は難しいのでは」
「今から法律改正などできるのか」
 など、国交省の幹部らからはいくつもの疑問が示されている。
 財務省理財局の担当者も、
「巨大な債務のある都営地下鉄との統合は、国民の財産である東京メトロ株の売却益を減らす心配がある」
 と否定的だ。
 反対するのは国だけではない。猪瀬氏の足元の都交通局も戸惑いを隠せない。
「副知事の提案は、結婚相手の東京メトロがとても合意できる内容とは思えない」
 担当者のひとりは頭を抱える。
 
 また、猪瀬氏の構想は、最終的に都営地下鉄の民営化が視野に入っている点を疑問視する職員もいる。
「都交通局では地下鉄だけでなく、都バスも都電も一緒に組合を組織している。地下鉄だけを分離した民営化など、組合がのめるはずがない」
 前門には法律で身を固めた官僚、後門には組合を中心とした都職員の反発で、猪瀬氏の思惑どおりに簡単には運びそうにない。
 
 いったい、猪瀬氏の狙いは何なのか。
「来春の都知事選に向けた話題づくりとしてはいいと思いますよ」
 そう語るのは元都副知事で作家の青山やすし氏(66)だ。
 石原慎太郎都知事(77)は今期限りでの引退が有力視されている。猪瀬氏は副知事就任当初から、ポスト石原を狙っているとうわさされてきた。
「ただ、政策としては本末転倒です。サービス改善なら、経営統合しなくてもいくらでもできますよ」
 実際、都営三田線と東京メトロ南北線の目黒─白金高輪間では、3駅間だけだが、すでに都営と東京メトロが同じホームに乗り入れ、運賃も、安い東京メトロにそろえている。ホームの壁を取り払い、改札を省略するのも、両社が合意すれば可能だ。
「都営地下鉄の債務だって、現状のままで返済できている。特に問題にする必要はない」(青山氏)
 しかし、割高な運賃など、国交省がこれまで手をつけないできた課題を、猪瀬氏は提起し、国を議論のテーブルに引きずり出した。
「両地下鉄の1日の利用客は800万人以上。その人たちの関心を引くのは間違いない。たとえ経営統合できなくても、サービス改善が進めば大きな実績になる。猪瀬さんが来春の都知事選を狙うなら、効果的な前哨戦ですね」(同前)
 国との初協議を終えた猪瀬氏は、9月2日には自らが人選した専門家グループを発足させ、統合に向けての本格的な試案の作成に入るという。
 その先に、来春の都知事選が射程に入っていることは間違いなさそうだ。

週刊朝日