テラハ・木村花さん急逝、現場に問う不幸の元凶 (2/3) 〈東洋経済〉|AERA dot. (アエラドット)

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テラハ・木村花さん急逝、現場に問う不幸の元凶

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鎮目博道東洋経済
女子プロレスラーの木村花さん(「テラスハウス」ホームページより)

女子プロレスラーの木村花さん(「テラスハウス」ホームページより)

 それはある意味、仕方のないことかもしれない。制作側はそれこそ、できるだけ“演出がそこには存在しないように”演出しているからだ。いうなれば、視聴者が「これは本当の話だ」と錯覚するように巧みに演出している。だから、そうした勘違いをしてしまうのも無理はない。

 木村花さんの場合も、番組の中で彼女がとった行動が、あたかも彼女が現実でとった行動であると多くの視聴者にとられてしまい、その結果、ネット上での誹謗中傷につながってしまったのだと思われる。

 しかし、考えてみてほしい。木村さんはあくまでも「ショー番組の出演者」だ。番組で描かれたものは「真実」ではない。そこには演出が加えられている。たとえ彼女が共演者に向かって語った言葉が「彼女が言ったそのまま」であったにしろ、その言葉が発せられた背景や文脈は、多分に「演出されている」と考えなければならない。

 あえて言えば、ドラマで悪役を演じた俳優さんのことを、ドラマの中でその俳優さんが語ったセリフを元に「悪いやつだ」と判断して、誹謗中傷するようなものなのではないか。

●恋愛リアリティーショーは「やらせ」なのか

 ここで誤解のないように説明しておきたいが、恋愛リアリティーショーは「やらせ」のようにすべてを捏造しているのかというと、そうではない。その番組がどこまで誠実に制作しているかによって程度の差はあるが、番組の出演者たちは実際にリアルな設定の中に置かれ、実際に誰かのことを好きになったり、嫌いになったりしている場合が多いと思う。

 以前に、こうした番組の演出に関わった知り合いから「若い子たちは本当にすぐ恋愛しちゃうから、それを見るのは本当に面白いよ」と聞いたことがある。制作側も、できるだけリアルなものを撮影するために、可能なかぎり、リアルな状況にこだわっているのは確かだ。

 むしろ、恋愛リアリティーショーにおける主要な演出は「増幅」だ。実際にある要素を何倍にも大きく膨らませて、大げさに描いていくことによって、よりドラマチックに恋愛の駆け引きを見せていくという手法は、どの番組でも確実に使われている。

 もし、撮影したそのままの材料をニュートラルな視点で編集したら、あまりドラマチックにはならない。リアルな人の感情表現なんて、そんなものだ。まして、あまり感情を表に出さない日本人のデート風景なんて、見ていてそれほど楽しいものではない。

「芽生えた恋心」や「嫉妬の感情」を、ナレーションや、映像の順番を変えたり、他の映像やインタビューを間に挟んだりして、実際よりも大袈裟に「煽って」見せることで、より一層面白くしていくのだ。

 もう1つの主要な演出は「単純化」だ。あたかも矢印で結ぶように人間関係を整理し、わかりやすく型にはめていくことで、視聴者は恋愛ストーリーに没入しやすくなっていく。

「誰は誰のことが好きだけど、誰は誰のことは気になっていない」とか「他の人のことが好き」などのわかりやすい構図は、撮影された素材を元に、ある程度、意図的に演出陣によって「解釈」されていく場合が多いだろう。


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