富士山の山梨側では、7合目~8合目の残雪が鳥のような形に見える農鳥の雪形がうっすらと浮かびあがりつつあります。このままのペースで雪解けが進めばゴールデンウィークごろに完全に姿を現しそうです。

富士北麓に初夏を告げる農鳥

雪解けの時期、山肌に残った雪の模様を動物や人物に見立てたものを雪形といいます。カレンダーのない時代に農作業を始める目安として発展したものです。自然地形が作る模様ですから、中には「〇〇の形」といわれても見分けるのにコツが要る雪形もありますが、上の写真のように富士山の農鳥は年によっては非常にわかりやすい鳥の形になるので目をひきます。初めてみる観光客でもすぐにそれとわかると思います。

2023年4月27日午前現在、その農鳥があと一歩で出現するところまで雪解けが進んできました。翼や腹はすでに現れていて、あとは頭が周りの残雪と切り離されるのを待つのみですから、暖かい日が数日続くか、富士山の中腹で一日雨が降れば十分でしょう。ゴールデンウィーク中に現れる可能性が高いと思います。富士吉田市の独自観測によると出現発表日は4月下旬から5月に集中しており、ゴールデンウィーク中に現れると例年並みの範囲で比較的早い方だといえます。

農鳥は牛や妖怪に見えることも

『四五月ノ山上ノ雪消ル時 遠望スレバ 牛ノ形二消ノコリ或ハ鳥ノ形二残ル 是ヲ農牛、農鳥ト云』
(4月、5月(旧暦なので現在の5月から6月)。山上の雪が消える様子を遠望すれば、牛の形に消え残ったり、鳥の形に消え残ったりする。これを農牛、あるいは農鳥という)

これは江戸時代後期に書かれた『隔掻録(かくそうろく)』の農鳥の記述です。『隔掻録(かくそうろく)』は今でいうガイドブック的な役割を持った本ですから、江戸時代後期には農鳥がガイド本に載るほど有名な存在だったようです。一方、当時は解け残った形によっては農牛とも呼ばれていたことがわかりますが、今では農牛は一般的ではなく、どのような状態を指すのか定かではありません。農鳥は毎年同じ形になるのではなく、雪の積もり方や解け方次第でいろいろな形に変化します。最近でも、2020年の農鳥は翼の部分が大きく解け残ったので鳥としてはあまりきれいな形に見えませんでしたが、それがかえって当時流行した妖怪アマビエに姿形が似ていると話題になりました。農鳥は例年1週間ほどで解けていってしまうので、その間にも形が変わっていきます。どのような形に見えるか自分で見立てを見つけることも楽しみ方のひとつといえます。今年はどんな形になるでしょうか。

2023年は高温・少雪傾向か

もともと農鳥の出現時期には大きな幅があるので今年も例年並みの範囲に収まる見通しですが、全体としての雪解けはかなり早いように感じます。そう感じるのは、冬の終わりからほぼ一貫して暖かい日が続いているからでしょう。上のグラフは河口湖と富士山頂の日ごとの平均気温の推移を滑らかになるように処理し、長期の傾向がわかりやすいようにしたものです。グラフを詳しく見てみましょう。今年は1月まではたびたび寒気が流れ込み、グラフ上では河口湖でも富士山頂でも平年を下回る期間があります。数年に一度といわれた強い寒波がやってきたころです。一方、2月以降はとくに河口湖で平年を上回る期間が長く続いています。河口湖の3月の平均気温は歴代1位タイでした。富士山頂は地上ほどではないですが、やはり平年を上回る期間が目立ちます。最近になってようやく高温傾向が落ち着いて平年に近づいてきました。

また、今年の特徴は降水量の少なさです。残念ながら富士山頂では降水量を観測していないので、富士山周辺の河口湖、山中湖、御殿場、白糸の4地点の1月から4月の降水量を調べてみました。

するといずれの地点も平年の7割~8割程度の降水量(2023年4月26日時点)です。地形効果があるので単純ではないにしろ、富士山でも降水量がやや少ないとすると、今年は冬の終わりからの高温傾向と少雪傾向があるのだろうと考えられます。

雪解けの早さは、いまだに山頂の気温が0℃以下を保っている富士山よりもむしろ南アルプスや北アルプス、それより標高の低い山など、標高が低くなればなるほど深刻です。早くに解け切ってしまうことで、夏山シーズン中に水場の水が枯れてしまったり、雪解け水を利用している中腹の山小屋で水不足に陥ってしまったりすることを懸念しています。