温かさに虫が這い出してくる日、啓蟄が過ぎると春の到来もいよいよと感じます。ようやく寒さからぬけだしてきた私たちが期待するのは若い芽です。むき出しのまま冬を過ごした枝にささやかなふくらみが現れていませんか。新しい芽がもう待ちきれないといった風情で吹き出るのを待っています。三月は「芽吹き」の季節。冬眠を終える動物たちを待ってなんかいられません。虫たちに続いて草花や木々がうずうずとしています。さあ、どんな「芽吹き」が見つかりますか?

楤(タラ)の木の芽吹き
楤(タラ)の木の芽吹き

春を告げる風をうけて芽吹く「芽柳(めやなぎ)」

枝垂れた柳の糸のような枝をゆらす春風。かすかな風になびく柳の枝が淡い緑にそまるとき、それが柳の「芽吹き」の合図。春の到来を実感させる光景です。

《芽柳のおのれを包みはじめたる》 野見山朱鳥

「芽柳」は「芽吹き柳」「芽張り柳」ともいわれ、春風になびく芽吹きを迎えた柳を喜ぶ心の現れを感じます。ほかにも「春柳(はるやなぎ)」や「新柳(しんりゅう)」があり、人々が昔からさまざまなことばで柳を愛でてきたようすが知られます。

時代劇でもお馴染みの名前「柳生(やぎゅう)」、実は柳の芽が出ることを意味しています。浄瑠璃の『義経千本桜』にも「いつか御身ものびやかに春の柳生の糸長く」のせりふがあるように、しなやかに伸びる柳の枝の「芽吹き」のめでたさと喜びが伝わってくる名前です。

徳川家の兵法指南役となった柳生氏は奈良県にある地名「柳生」がゆかりの地とのこと。春の到来とともにいっせいに芽吹いた柳のさまがきっと素晴らしかったのでしょう。柳が芽吹く地としての名前「柳生」にはしなやかさと同時に力強さも感じますね。

柳の芽吹き
柳の芽吹き

「タラの芽」トゲトゲしいのですが春の味です

ワラビ、ゼンマイ、ウド、と早春に顔をそろえる山菜の中でも王様ともいわれるのが「タラの芽」です。山菜とは言いますが楤(タラ)の木という樹木の新芽です。北は北海道から南は九州まで日本全国に自生するところから春の味として広がりをみせたのでしょう。

新芽ができるのは棘が密生した茎の先端。ふくらんだ苞を押し広げるようにして伸びてくる新芽は、透きとおるような産毛におおわれ初々しく、季節は冬から春へ確かに進んだと実感させられます。こんなに棘だらけの中にできる新芽なのに早春の味覚として食べ続けられてきました。

《たらの芽のとげだらけでも喰はれけり》 小林一茶

《楤(タラ)の芽に残る猪の毛猿の毛》 福田甲子雄

食料の少なかった冬を過ごしてきた動物たちにとって、春の芽吹きは栄養の宝庫と映ることでしょう。棘など物ともせずに柔らかな新芽に向かった勢いが、残された毛に現れている一句です。俳人にとっては新芽を先取りされてしまった無念さを忘れさせる驚きだったのかもしれません。

タラの芽の天ぷら
タラの芽の天ぷら

海も春は芽吹きます「初採れ若布」

「若布」と書いて「わかめ」と読めるのは、いつの頃か自然に教えられ不思議に思いつつも、そういうものだと読み慣わしてきたからでしょう。調べてみると「め」とは食用となる海藻の全てをさすそうです。古くは「め」のほかに「にきめ」とも言われていたようで、万葉集では「和海藻(にきめ)」の字があてられており、海藻の柔らかさが表されています。

特に「若」の文字を充てた「若布」は肉厚の昆布と比べると、生で食べられるほどの柔らかさと美味しさがあったからかもしれません。「若布」は冬の海で育ちます。だから春は若布刈りの季節、特に出たばかりの新芽として珍重されているのが「初採れ若布」。海からあがったばかりの生の「若布」の色は茶色。湯通しされて美しい緑色となります。通常は湯通し後に乾燥させたり、塩にまぶすなど手を加えて私たちの手元へと運ばれてきます。

《春深く若布の塩を払ひけり》 黒柳召波

海にかこまれた日本、「若布」は古代から人々の食を潤してきました。「初採れ若布」は正に早春の味。養殖が一般的な現代ではとても貴重な存在。もし口にできるチャンスがあれば、それは春の幸運に違いありません。

大地も海も迎えているのは「芽吹き」の時季。新しく生まれている命のエネルギーを感じながら私たちも春へと進んでまいりましょう。

初採れ若布の選別
初採れ若布の選別