秋から冬にかけては、黄道十二宮のひとつであるおうし座(Taurus)が夜通しみられる季節。その季節の開幕を告げるように、毎年10月後半頃からおうし座流星群が極大となります。
しかしこのおうし座、さまざまな点で他の星座とは異なる特徴を持つ謎の多い星座。今回はおうし座について掘り下げていきましょう。

晩秋から冬にかけて美しいおうし座。上半身のみの不可解な図像の意味とは
晩秋から冬にかけて美しいおうし座。上半身のみの不可解な図像の意味とは

長老アルデバランと若き星々。おうし座は大家族のように賑やかです

冬の星座の先触れとして、隣り合うぎょしゃ座とともに秋に現れるおうし座。東から昇る時には、角を下にして逆立ちした姿です。そして、上空へと昇っていき、西空に移った時にようやく頭を上にした形になります。つまりおうし座は、しし座、あるいはオリオン座が進む方向(東から西)に体を向けた形になっているのに対し、後ろへと後退する姿で設定されていて、まるで後ずさるように進むわけです。
特異な点はもう一つあります。全天88の星座には、人物、神、動物、魔獣、器具や乗り物・建造物などがありますが、そのどれもが全体像を星座に投影させています。その中で、全体ではなく部分のみ、胸から上と前脚のみを投影させた星座がおうし座です(おうし座以外に部分のみの星座と言うとベガスス座のみ)。牡牛は、闘牛のように長大な角をかざしていますが、巨大な下半身はありません。このため、星空と星座の図像を組み合わせた星図を眺めると、他の星座のイメージサイズと比べて牡牛だけが不釣り合いなまでに巨大な姿で描かれることになり、圧倒的な存在感を放っています。

おうし座のα星は牡牛の右目にあたるオレンジ色のアルデバラン(Aldebaran アラビア語の『後を追う者』)で、視等級は約0.85、全天21の一等星の一つです。
おおいぬ座のα星シリウス、こいぬ座のα星プロキオン、ふたご座のβ星ポルックス、ぎょしゃ座のα星カペラ、オリオン座のβ星リゲルとともに、壮大な「冬の大六角形(冬のダイヤモンドとも)」を構成するアルデバラン。地球からの距離は67光年とも。既に星として壮年期に当たる主系列星を過ぎ、年老いて巨星化しつつある星で、その半径は何と太陽の43倍以上というとてつもなく巨大な星です。

そのすぐそば、牡牛の顔を形成するように、V字型に若い散開星団・ヒアデス星団が、アルデバランに付き従うようにうっすらと輝きます。このアルデバランとヒアデス星団から東向きに二本の角の先端にあたるβ星エルナト、ζ(ゼータ)星「天関」がのび、より巨大なV字型を形成します。

そしてその反対側、牡牛の肩から首の付け根付近にあるのが、プレアデス星団です。東洋では昴(すばる)の名で知られる六つ星(または七つ星)が密集した特徴的な散開集団は、ギリシャ神話では狩猟と月の神であるアルテミスの侍女たちで、半神半人の狩人オリオンにつけ狙われて逃げまどっているという伝承が知られます。
実際、プレアデス星団を追うように、オリオン座は東から昇ってくるわけですが、プレアデス星団とオリオン座の間に挟まるのがアルデバランとヒアデス星団(牡牛の顔)にあたり、このため、プレアデス姉妹を追うオリオンから守護するように、角を振りかざしながら後退する牡牛、という一連の図像が出来上がっているわけです。
年老いた巨星が、ヒアデスとプレアデスという若い星団を守護するように、あるいは若い星々が孫たちのようにアルデバランに寄り添うかのような様は、おうし座が古来富貴や子孫繁栄のシンボルとされてきたこととも一致して興味深いものです。

おうし座α星アルデバランが加わり構成される一等星たちによる冬のダイヤモンド
おうし座α星アルデバランが加わり構成される一等星たちによる冬のダイヤモンド

オリュンポスの主神ゼウスと正妻ヘーラーがともに牛と関わりが深い理由とは?

おうし座は、今から6,000年前から3,700年前の人類の文明の黎明期には、黄道の出発点・起点である春分点にあたる星座であり、天球の中心でした。
しかし地球の歳差運動により春分点はおうし座からおひつじ座へと移ります。さらに今から約2,000年前ごろにはおひつじ座からうお座に遷移し、現在も春分点はうお座にあります。この春分点の遷移という現象は、古代の人類の信仰や文明と大きく、深く関わっていました。

おうし座にはさまざまな神話がありますが、中でも重要なのはオリュンポスの主神ゼウスにまつわる神話と、その正妻ヘーラー(Ἥρα)にまつわる神話です。この二つはまったく異なる物語でありながら、幾重にも絡み合っており、古代における「牛」の意味と、なぜおうし座が上半身のみなのかの解明の糸口にもなっています。
ヘーラーに関わる神話が時系列的に古いものなので、こちらから解説しましょう。

ギリシャのアルゴス(Άργος もしくはアルゴイ)は古くより女神ヘーラー信仰の本拠地として知られています。その由緒あるヘーラー神殿の巫女に、アルゴス国王イナコスの姫であるイーオー(Ἰώ )がおり、その美しさからゼウスに寵愛されました。しかし、それがヘーラーの知るところとなり、ゼウスは取り繕うために(あるいはヘーラーの呪いにより)、イーオーは白い牝牛に姿を変えられてしまいます。ヘーラーは牝牛をつなぎ止め、百眼で決して眠らない怪物アルゴスを不寝番の見張りとします(すさまじい執念です)。
ゼウスは牝牛を救い出すためにヘルメスを差し向け、アルゴスを殺して牝牛を解き放ちますが、ヘーラーはなおも牝牛を苦しめるために耳の中にアブを送り込み、暴れるアブのために苦しむ牝牛は各地をさまよい、遂にはエジプトの地にたどり着きました。そしてようやくこの異郷でゼウスによりアブが取り除かれた牝牛はもとの人の姿となり、イーオーは地母神の神殿を建て、女神イシスとして信仰されることとなりました。
このイーオーが変じた牝牛がおうし座という伝承もあるのですが、そもそも牝牛ですので牡牛であるおうし座とするのは無理がありますよね。

もう一つの物語は、イーオーの孫娘リビュアーが海神ポセイドンの寵愛を受け、その子供を産むことから始まります。息子の一人であるアゲーノールは、エジプトからシリア地方に移り、この地でカドモス、ポイニクス、キリクスの三人の息子と、娘エウロペー(Εὐρώπη)をもうけました。そしてまたもや、かわいらしいエウロペー姫にゼウスが目を付けました。ヘーラーの監視をごまかすために、ゼウスは「雪のように白い皮膚で、すきとおる珠のような清らかな角を持ち、いとも柔和でやさしい瞳をした牡牛(オイディウス『転身物語』)」に姿を変えてエウロペーに近づきます。牡牛に興味を持ち、親しくなったエウロペーが牡牛の背についにまたがった時、やにわに牡牛は立ち上がり、ものすごい勢いで浜辺に駆け、海に泳ぎだします。そして、地中海のクレーテー島にたどり着き、そこで牡牛はエウロペーにゼウス自身の姿を明かしました。エウロペーは(言及するまでもありませんが、この名は現在のヨーロッパの由来になっています)島でゼウスの血を引く三人の息子を生んだ、と伝わります。

この神話は牡牛ですから、こちらがおうし座の由来としては一見、正しそうですが、そもそもその牡牛はゼウスであり、太陽系最大の惑星・木星ジュピターはゼウスのことなのですから、星座になってしまっては困りますよね。

これらの神話は、ギリシャ各地に伝わるさまざまな神々の信仰が、ゼウスという神により統合され、支配されていく経緯を物語化したものだと解釈できます。
ヘーラーとゼウスの軋轢も、統合の過程での駆け引き、妥協の暗喩。そしてここで、オリュンポス最高神であるゼウスとその妃ヘーラーが、どちらも牛と深く関わりを持つのは、当時のギリシャ地方、オリエントやアフリカを含めた広域が、牛への信仰が極めて強かったことを表しています。ヘーラーの二つ名(異名・尊称)は「牝牛の瞳をした女神」であり、古くはアルゴスのヘーラー神殿では、祭儀で百頭の牛を神の生贄に捧げた、と伝わります。百頭の牛は、先述した百眼の怪物アルゴスを連想できるでしょう。
また、なぜおうし座が上半身のみなのかもここから推察できます。おうし座は、アルゴス地方で行われた供儀で生贄にされ、解体された牛の姿をかたどったものなのでしょう。

アルゴス地方のヘーラー神殿。ヘーラーと牛には深い関わりがあります
アルゴス地方のヘーラー神殿。ヘーラーと牛には深い関わりがあります

凋落した神は悪鬼となる。古代より続く神と悪魔の秘密

春分点がおうし座にあった時に、牛に対する信仰は大隆興します。インダス文明の発祥したインドでは、現在でも牛が聖なる獣であることはよく知られるところです。しかし、繫栄した古い信仰は、おひつじ座に春分点が移動したころから権威が失墜して邪教となります。
クレーテー島で繁栄することになるエウロペーの血脈は、紀元前1,000年ごろのクレーテー文明=ミノス文明を生み出します。ここでは、王は牛の仮面を被り、祭祀を行いました。この祭祀が後代に邪教としてあしざまに語られることになったのが、怪物ミノタウロス(ミノスのタウロス=牛)です。この牛神の凋落は、東に伝わると、極東の日本では中世頃には牛の角を生やした「鬼」の図像となって悪鬼化するのです。
旧約聖書では、指導者モーゼが厳しく禁じたにも関わらず、民が金で牡牛像を鋳造して拝んだために神の怒りを買う、というエピソードがあります。ミケランジェロのモーゼ像を見ても、モーゼには牛ではなくヤギ、もしくはヒツジ、オリックスに似た真っすぐの角が生えた姿で描かれています。イシス=イーオー信仰のエジプトから脱出(出エジプト)したモーゼ率いるイスラエルの民は、新しいおひつじ座の神のもとにあったわけです。
そして、おひつじ座に春分点があった時代のヒツジの姿をまとった神は、紀元1世紀ごろ春分点がうお座に移ると、これも同様に次第に邪教化、悪魔化していきます。うお座に春分点がある私たちの時代、世界最大の信仰者と信仰圏を持つキリスト教。キリスト教のシンボルは「魚」なのです。そしてイメージする「悪魔」は、ヤギ、ヒツジの姿で描かれているのはご存じのとおりです。悪魔・悪鬼の姿は、まさに前時代の神・信仰を否定するための仕掛けだからです。
そう、私たちは、文明の黎明期である遥か6,000年前から、宇宙との関わりの中で文化や道徳といったものを作り上げてきたという点で、古代人と何ら変わりがありません。だから、星空を見上げ、その星々をつないだ「星座」がもつ由来に思いを馳せることは、まさに古代人たちとつながる行為だと言えるのではないでしょうか。

わけても「偉大なる古き神」おうし座。その威厳に満ち、賑やかな姿を存分に楽しめる季節がやって来ました。

ゼブー種と呼ばれる白牛。ゼウスが変じたのもこのような白牛だったのでしょうか
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(参考)
星空図鑑 藤井旭 ポプラ社
ギリシア神話 呉茂一 新潮社

星図の牡牛とベガススの大きさは、古代の牛馬の重要性を反映しているのかも?
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