春・夏・秋・冬とめぐる季節は突然に変わるものではありません。すこしずつ静かに変わっていくのが日本の四季の訪れ方。それぞれの季節の間に置かれたのが「土用」という変わり目の時。陰陽五行説の考え方から来ています。「春土用」は4月17日から立夏前日の5月4日まで。まさに春から初夏へと気候も変化していく時です。

「土用」とはどんな時?

季節の変わり目に置かれた「土用」は「木火土金水」の真ん中の「土」です。大地を意味し、土地の神ともしています。その「土」の力が旺盛になる「土用」は土地に関連した行動を避けるという風習があったようです。例えば土木工事や建築、引っ越し、井戸掘りなど土地に手をつけること全般です。とはいえ、18日間も何もできないというわけにはいきません。ちゃんと逃げ道も用意してあります。「間日(まび)」といって土の神さまのお休み日は災いも起こらない、とされていたのは昔の人の知恵でしょうか。

このような決まり事の多い「土用」の時期ですが、春の盛りも終盤へ。そうそうじっとしているというわけにもいきません。「春土用」の時期を二十四節気に照らしてみますと「穀雨」と重なることがわかりました。百穀を潤す雨の時期、煙るように降る春の雨の時期でしたら、土に関連する仕事はなかなか手をつけにくいものとも考えられます。忌みごとも多く雨の降る「春土用」を人々はどのように過ごしてきたのでしょう。

「穀雨」には何をするの?「穀雨」がすることって何?

「春雨降りて百穀を生化すればなり」とされる「穀雨」は1年の中で大切な季節です。とはいえ、忘れてはならないのが「忘れ霜」。春も盛りを過ぎた頃に降りる最後の霜をいい、まだまだ気温の下がる日もあるこの頃の霜は、思わぬ被害をもたらすものとして警戒されています。

そして最も大切なのが、5月に始まる田植えの前に苗を育てること。「穀雨」の次候にある「霜止出苗(しもやみてなえいずる)」です。

米作りの農家では第一歩となる苗代づくりが始まります。現在は苗箱に床土と肥料をセットし、水を与え種籾を撒いた上にさらに土をかけて育苗ハウスへ運びそこで育てます。種蒔きからおよそひと月後には田植えが始まりますから、それまでに緑の苗を育てておかなければなりません。なかなか忙しい時期なのです。

百穀だけではなく、さまざまな植物を育むのが春の雨「穀雨」です。まわりを見渡し、ふと気がつくと若々しい緑が木々にあふれ、大きさを増しているのに驚かされます。同時に赤く咲き揃っている躑躅(つつじ)の花や山吹の黄色などにも目を奪われます。

花もしだいに初夏へと向かい穀雨の末候は「牡丹華(ぼたんはなさく)」となり、百花の王といわれる牡丹が季節を渡すように咲き始めます。

静かに降る春の雨をたっぷり浴びて開く花は私たちの心も潤し励ましてくれるようではありませんか。

百穀を潤す春の雨に私たちも大きな恩恵が・・・

木の芽が出る時期に降ることから「木の芽雨(このめあめ)」という呼び方もあります。木の芽の膨らむようすを「張る」と表現するところに新しい生命の溢れるエネルギーが感じられます。

「よもの山に 木の芽はる雨ふりぬれば かぞいろはとや 花のたのまむ」 大江匡房

四方の山に木の芽を膨らませる春の雨が降りますが、花は雨を父母(かぞいろは)と頼りにするのでしょうか、と木々を育てる春の雨が歌われたのは平安時代も終わりの頃。歌人の自然を観察する目は雨を受ける木の芽のふくらむ力を見逃さず、さらにその先の花へと想像力を広げ一首の歌に昇華させています。

「木の芽(きのめ)」といえば特に、山椒の木の新芽や若葉の芳ばしい香りが思い浮かびます。若芽を摘んで擂りつぶし、味噌と砂糖を加えお酒や出汁で少しゆるめてできるのが木の芽味噌。筍や独活、イカなどで作る木の芽和えは春の喜びと言えますね。豆腐につけて焼いた木の芽田楽もまた春ならではの味覚。この時期を逃さずに味わっておきましょう。

「穀雨」と重なる「春土用」は土の気が盛んになるので、土地に関する新たなことは控えるようにと伝えられていますが、大地を潤す春の雨をたっぷりと頂く時と考えれば「なるほど」と頷ける点もあるようです。現代の私たちにできることといえば、春の豊かな香りを食卓にのせて季節を取りこみ身体を養っておくことではないでしょうか。土用が終われば「立夏」。いよいよ暑い夏の到来です。