東日本大震災から10年 津波被災体験を振り返る  いつまでも忘れない 現実から目をそらさないで 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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東日本大震災から10年 津波被災体験を振り返る  いつまでも忘れない 現実から目をそらさないで

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宮城県塩竃市 2021年2月 壱番館展望台より

宮城県塩竃市 2021年2月 壱番館展望台より

本震発生時刻で止まった時計 塩竈中央公共駐車場(解体)にて

本震発生時刻で止まった時計 塩竈中央公共駐車場(解体)にて

塩竃市海岸通 3月11日午後3時55分~午後4時00分頃

塩竃市海岸通 3月11日午後3時55分~午後4時00分頃

塩竃市海岸通 3月11日午後3時55分~午後4時00分頃

塩竃市海岸通 3月11日午後3時55分~午後4時00分頃

塩竃市海岸通 2011年3月13日

塩竃市海岸通 2011年3月13日

塩竃市海岸通 2011年3月13日

塩竃市海岸通 2011年3月13日

塩竃市マリンゲート付近 2011年3月19日

塩竃市マリンゲート付近 2011年3月19日

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から10年になろうとしています。あの日、私は当時宮城県塩竃市にあった自宅で巨大地震と大津波を体験しました。


大きな地震が前々日、前日の2回 まさか巨大地震の前触れだったとは

3月11日で、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から10年が経ちます。私は宮城県塩竃市海岸通にあった自宅で被災しました。本震が起きる2日前、3月9日に三陸沖でM7.3の地震がありました。その日、日本気象協会東北支社(当時支局)で当番に入っていた私は、モニター用TVで気仙沼などに小さな津波が来ている映像を見ていた記憶があります。前日10日早朝にも同じような震源でM6.8。これらはひとつひとつでも大きな地震ですが、被害はほとんどなく、あの巨大地震の前触れとは夢にも思いませんでした。


2011年3月11日午後2時46分 反復する激しい揺れ

2011年3月11日午後2時46分。そのとき、私は当日の夜勤当番を控えて自宅4階にいました。小刻みな縦揺れから始まり、次第に激しい横揺れに変わりました。最初の揺れが弱まりかけた次の瞬間、再び激しい揺れが襲い、かすかな望みは恐怖のどん底へ。反復する激しい揺れのピークは、少なくとも3回。吊り下げ式の蛍光灯は、天井に何度となく打ちつけ粉々になりました。塩竃市の震度は6強。揺れの長さも尋常ではなく、本震の揺れは5~6分と例外的に長かったことを、あとから報道で知りました。

※東日本大震災の本震は単発の地震ではなく、日本海溝沿いに次々と破壊が広がり、M8クラスの複数の巨大地震がわずか数分の間に連動して起きたものとされています。


避難行動を躊躇させる「正常性バイアス」の恐ろしさ

本震発生から3分で津波警報(オオツナミ)が発表されました。ラジオからはしばらく「宮城県、第一波到達予想時刻 午後3時、高さ6m」と放送され、午後3時を過ぎると「既に到達とみられる」を繰り返していました。実際には気象庁から「仙台港 到達予想時刻 午後3時40分」との予報が出ていましたが、停電や混乱などで伝わりませんでした。

時折、4階の窓から運河沿いの様子を見ていましたが、いっこうに水面は変化がありません。午後3時30分頃から釜石など三陸沿岸に津波襲来したとの情報は聞きながらも、だんだんと「ここには津波は来ない」という根拠のない思いがよぎりました。いわゆる、「正常性バイアス」に陥っていました。

※正常性バイアスとは、人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)のことを指します。

「ここには津波は来ない」とは思っていたものの、津波は遅れて襲来しました。その時は自宅3階より上で、地震の後始末などをしていたので、ことなきを得ましたが、平屋だったら無事では済まなかったでしょう。仙台湾一帯で多数の犠牲者を出した石巻市、東松島市、仙台市の沿岸部、名取市閖上地区など、こうした「正常性バイアス」と無縁ではなかった可能性があります。


2011年3月11日午後3時55分 大津波襲来

津波の襲来は本震から約70分後の3月11日午後3時55分頃。自宅からは、直接塩釜港の海面を見ることはできません。地震の後始末の際中に、たまたま4階から外の様子を見ていたら、いきなり濁流が北側の運河沿いに突入しました。まだ、表を歩いている人がおり、慌てて水から逃げる様子も。濁流は、本塩釜駅方向からの流れと合流して、一帯はあっという間に津波に飲み込まれていきました。写真はその時、数枚とっさに撮影したものです。2階に降りると階下からは、ものすごい音がしていて、天井近くまで泥水が入っていました。後日計測した浸水高は、1階店舗床上1.8~1.9m、車道から2.2~2.3mでした。

唯一の情報源となっていたラジオは刻々と、現代日本にとって未曽有の大災害が起きている事実を伝えていました。広域で携帯電話基地局が被災し、SNSは情報源になり得なかったのです。余震は数分おき、間断なく揺れている状態。30分に1回位は強い揺れが襲ってきました。まさに昔みた映画「日本沈没」の1シーンそのままでした。


無情の雪・星降る夜

津波が襲来する少し前から雪が降り、うっすらと積もり始めていました。上空の強い寒気の影響で小さな低気圧が発生したことによるものです。

雪の降っていた時間は短かったものの、夜は晴れて気温は氷点下へ。暗くなって水が引き、外からはサーチライトとともに「誰かいますか!!」と、人を呼ぶ声が聞こえました。気温の低下でいったんは助かった多くの命が低体温症で奪われたと聞いています。まさに「無情の雪」になりました。その日の夜は広域停電で降るような星空に。あの空は十年経ったいまでも忘れられません。生涯忘れることはないでしょう。星々はあの日、天に昇った二万の命だったのでしょうか。一方、仙台港のコンビナート火災が拡大し妖しい光も見えていました。時折、爆発音も聞こえていました。


泥と悪臭との闘い 高まる衛生面の不安

本格的な復旧作業は、本震から2日後の13日からとなりました。ただ、正直どこから手をつけてよいのかわからない状態。自宅は不同沈下で傾き、玄関は使えません。店のシャッターも歪んで閉めることが出来なくなっていました。仕方がないので、店と玄関を仕切っていた壁に穴を開け、店側から出入りすることにしたものの、完全な施錠はできません。被災地における空き巣の多発など、治安悪化の情報があるなかで、しばらくは不安な夜を過ごしました。

あとは泥との格闘でした。一面に堆積した汚泥(ヘドロ)のにおいと北側の通称「やみ市」から流れ出した大量の魚の腐敗臭が混ざって、形容しがたいにおいです。異臭に耐えながら、ひたすら泥を国道側にかきだしました。あっという間に着ているものや頭は泥だらけになります。衛生面は劣悪な環境になっていました。断水で手も洗えないため、感染症との恐怖とも闘いました。真っ先にホームセンターで消石灰を調達し、家の周囲にこれでもかと思うくらいに大量に撒きました。不幸中の幸いで、自家用車が流されずに済んだので、食料等調達の足は確保していました。

ただ、被災地全体で極端な物資不足に陥り、開いている店に足を運んでも、棚に商品はなく、一人何品までなど、購入制限がかけられているような所がほとんど。開けているガソリンスタンドには、数キロもの長蛇の列。これ以来、車のガソリンは、「燃料計が1/2切ったら給油」の習慣がつきました。ただ、被災後、本当に助けられたのは、職場からの支援です。食料品、飲料水はもとより、ガソリン、ポータブルコンロなど、ありとあらゆるものを援助していただきました。


全壊判定の自宅への避難~転居まで3か月

在京メディアの関心は、次第に津波被害そのものから、福島第一原発関連情報にシフトしていきました。自分達に必要な情報が得られない不安やもどかしさを感じていました。現場の福島はともかくとして、首都圏目線でしかなく、岩手、宮城では、いまを必死に生きるうえで不要不急の情報でした。情報を伝える側の立場としては10年後のいまでも考えさせられます。必要な情報は、地元コミュニティFM(災害FMとして増力運用)から得ていました。

※繰り返しになりますが、ネット、SNSは全く使えませんでした。

電気、水道、ガスなど、ライフラインの復旧には半月程度かかりました。このとき、親はすでに高齢となっていたこともあり、仮設や避難所は選択せず、いわゆる自宅避難の形をとっていました。ただ、前述の通り当時築51年の実家は、地震と津波のダメージにより、もはや住める状態ではなく、「全壊判定」もでていたので、転居先の選定を急いで進めました。同様の事情で壊滅状態となった沿岸部から仙台市の内陸部などに転居する世帯が増えたため、住宅事情は逼迫していたものの、幸い3か月で転居することができました。


この経験は絶対に忘れてはならない そして未来へ伝える

2018年、私は東京へ異動となり、現在は日本気象協会の本社で放送局やtenki.jp向けの気象情報提供の仕事に携わっています。東日本大震災から10年が経ちますが、当時の記憶は鮮明に思い出されます。

「災害は忘れたころにやってくる」と言われますが、決して忘れてはいけません。現実から目をそらさないでください。もしものために、この機会にいまいちどご自分の身の回りの状況を確認し、災害への備えを行いましょう。


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