スギ花粉が飛び始める季節になりました。日本気象協会では、毎年、花粉の飛散を予測しています。予測に必要なデータを収集するためには、スギ林で現地調査をしたり、現在飛んでいる花粉の数を数える必要があります。中でも、花粉を数える作業は、ほとんどが手作業!

今回は、知られざる花粉予測業務の裏側をご紹介します。

顕微鏡で花粉を一つ一つ数える
顕微鏡で花粉を一つ一つ数える

もはや国民病?花粉症患者は右肩上がり

日本でスギ花粉症が最初に報告されたのは、およそ60年前だといわれています。スギ花粉を飛ばすのは、雄花です。11月ごろになると、雄花の中の花粉が成熟しますが、その後休眠状態に入ります。休眠中の雄花は、冬の寒さに一定の期間さらされることで覚醒し、花粉を飛ばす準備をします。スギの木を植えてから10数年経つと、雄花が作られます。その雄花から、本格的に花粉が作られるようになるまでは、30年前後かかるといわれています。近年スギ林の面積は増えていませんが、国産木材の利用低迷などで間伐が進まず、花粉を多くつける樹齢30年以上のスギが増加しているそうです。そのため、スギ花粉の飛散量は増加傾向にあるといわれています。東京都が平成28年度に行った花粉症の実態調査によると、都内のスギ花粉症推定有病率は48.8%で、調査を始めた昭和58年度から右肩上がりになっています。花粉症は、軽症の方も含めると、もはや国民病といっても過言ではないレベルに広まっています。

[注]東京都健康安全研究センター「花粉症一口メモ」令和3年版

スギ花粉
スギ花粉

花粉の予測に必要なデータは、足でゲット

多くの人々の悩みのタネである花粉症。花粉症への対処を適切にするために役立てていただこうというのが、日本気象協会で行っている花粉の飛散予測です。日本気象協会では、さまざまな気象のデータを扱っています。だから、花粉もデータを駆使して予測しているんでしょ?とお思いのあなた!実はそうじゃないんです。もちろん、データも使いますが、肝となっている部分の一つに、現地調査があります。日本気象協会の花粉担当者は、毎年11月から12月に、熟練の専門家たちと一緒に現地調査をしているのです。

現地調査では、毎年定点観測しているスギの花芽の付き具合を、ランク分けして判定していきます。1地点で40本のスギの枝を高性能の双眼鏡を使って目視で判定していきます。その速度は目にもとまらぬ速さ。ちなみに、花芽1粒は、6.5ミリほど。その1粒に、およそ40万個の花粉が入っているというから驚きです。

今シーズンも日本気象協会の担当者たちが、花粉の現地調査に参加しました。

この現地調査のあとには、研究会を開き、花粉の飛散予測や観測を行っている団体の代表者たちと意見交換をします。

花粉を数えるのは、手作業

肝となっている作業は、現地調査のほかに、もう一つ。それは、花粉の数を数えること。

日本気象協会では、「ダーラム法」という方法でスギ花粉を観測しています。ダーラム法では、ワセリンを塗ったスライドガラスを屋外に1日に置いて、そこに付着した花粉の個数を数えます。毎年1月に入ると、スギ花粉を観測するための観測機器を設置します。この観測機器は、至ってシンプル。ステンレスの丸い板で挟まれた所に、花粉を付着させるためのスライドガラスを固定しているだけ。自動で花粉をカウントしているわけではないのです。

ピーク時には、スライドガラスがうっすら黄色くなっていることもあるそうです。スギ花粉はとても小さく、その直径はおよそ30マイクロメートル(1ミリの約30分の1)ですから、顕微鏡をのぞいての作業です。

効率よく花粉を数えるために、スライドガラスに花粉を染める染色液を垂らして、カバーガラスをのせます。この染色液が多すぎると花粉が流れてしまい、少なすぎるとうまく染まらないため熟練の技が必要です。

ダーラム法では、およそ3平方センチメートルあるカバーガラス内の花粉を数えたあと、1平方センチメートル当たりの個数に換算します。このため花粉の個数が「1.8」、「2.5」などといった小数になることがあります。1平方センチメートルに花粉が1個以上ある日が2日続くと花粉の飛散開始としています。

お掃除ロボのようにくまなく

染色液を適量垂らして、カバーガラスをのせたら、いよいよ顕微鏡での作業です。そして、ここでも技が必要です。着色に使う染色液は、花粉を染める染色液なので、スギ以外の花粉もピンクに染まります。また、花粉以外のゴミも混ざっています。そこで、最初は低い倍率のレンズで見て花粉かどうか、そして花粉なら、スギがどうかを判別していきます。カバーガラス上を一度に見られるのではなく、お掃除ロボットのように往復しながら花粉を探していきます。花粉が少ない時期は、上の図のように5往復ですが、ピーク時は少ないときの2倍の倍率のレンズに切り替えるため、10往復もするそうです。「花粉だ!」と思ったら高倍率のレンズに変えてじっくり観察します。ところが、お掃除ロボのように何往復もしているため、一度止まってしまうと、自分が上から下へ向かって数えていたのか、それとも下から上へ向かって数えていたのかがわからなくなり、最初から数え直しということもあるそうです。

花粉は、染色液に浸したまま長時間経過すると、上の写真のように破裂してスギかどうかの判別ができなくなってしまいます。花粉業務は、正確さだけでなく時間との闘いでもあるのです。

スギの花粉は「とんがりがあり、丸い」という特徴がありますが、花粉は球形なので、とんがりの部分が正面を向いていたり、反対側を向いていたりすると、判別が難しく、数え間違いのおそれがあります。数え間違いを防ぐために、判断に迷った場合は、モニターに出して複数の目で確認をしています。

このように、数を数えるといっても、単純ではない花粉のカウント作業。特に、毎年1月下旬から2月の飛散開始までは、ベテランの担当者にしかできない重要な作業なのです。まだ飛散開始前だから花粉の数は少ないはずなのに、なぜ?と思うかもしれませんね。ですが、スギ以外の花粉を数えたり、反対に見逃したりすると、飛散開始日がズレてしまいます。精度を保つために、ベテランの担当者が行っているのです。

正確に花粉の数を数えるには、下準備も重要です。スライドガラスには、花粉を付着させるためにワセリンを塗るのですが、その塗り方で顕微鏡での見え方が違ってくるのです。わずかな凹凸であっても、顕微鏡で覗くと、ピントがズレてしまうため、塗っているかどうかわからないくらいに、薄く均一に塗らなくてはなりません。素人(筆者)が塗ったもの(写真下)と、ベテランが塗ったもの(写真上)を比較すると、その差は歴然としています。凹凸によってピントがズレてしまうと花粉の見落としにつながります。

さらに、凹凸があることで、花粉を染める染色液がうまく行き渡らず、花粉があるのに、色が染まらないということも。上の写真は、うまく染まらなかった例です。花粉が染まっていないと、見落としてしまうこともあるため、この下準備が肝となるのです。

きれいに塗れるように、様々な道具を試した結果、アイメイク用のブラシ(写真一番下)が良いそうです。

今シーズンのスギ花粉のピークは?

日本気象協会では、こうした地道な現地調査や観測に加えて、前のシーズンの花粉飛散結果や今後の気温予測などの気象データ、協力機関からの情報などを踏まえて1990年からスギ花粉の飛散予測を発表しています。

花粉の予測発表は、第1報から第4報までの4回です。

第1報…夏の天候をもとに予想(10月ごろ)

第2報…第1報に現地調査の結果を加えて予想(12月ごろ)

第3報…第2報に春の天候の予報を加えて予想(1月下旬ごろ)

第4報…第3報に飛びはじめの観測結果を加えて予想(2月ごろ)

2月19日、各地の「スギ・ヒノキの花粉のピークの予測」を発表しました。

今シーズンのスギ花粉の飛散開始は例年に比べて早い所が多く、九州や四国では、すでにピークを迎えています。

そのほかの所でもピークの時期は、いつもの年より早くなりそうです。

花粉症用のマスクを使用することで、何もしないときに比べて、鼻の中に入る花粉はおよそ6分の1に、花粉症用の眼鏡を使用することで目に入る花粉をおよそ3分の1に減らせるという研究報告もあります。[注]

花粉を避けて、悲惨な飛散シーズンを乗り越えましょう!

[注]平成22年度厚生労働科学研究補助金 免疫アレルギー疾患予防・治療研究事業より「的確な花粉症の治療のために」監修 大久保 公裕 (日本医科大学耳鼻咽喉科)