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天気は人の心をも動かした!山の文化を育んだ気象現象

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山の天気は、平地に比べてダイナミックな変化をみせてくれます。どこまでも見渡せる澄んだ青空に心躍ることもあれば、目線と同じ高さに迫る入道雲や激しい風雪におののくことも少なくありません。そんな天気の激しい変化も、山の文化を育んできた大事な要素のひとつであると思います。今回は、山の文化とかかわる気象現象を紹介します。


古今東西、人を引き付けて止まない虹色の環

夕方。谷筋から雲が上ってきてガスに包まれたと思った瞬間、太陽の反対側に虹色の環をまとった手足の長い自分の影が現れることがあります。山岳写真の被写体として非常に人気の高いブロッケン現象です。

ブロッケン現象はドイツのブロッケン山に由来します。不吉な兆しとしての「ブロッケンの妖怪」という呼び名は日本の登山者にもなじみ深いのではないでしょうか。現在は観光地として人気を集めるブロッケン山は古くから魔女の山として知られ、日本的な言い方をすればパワースポットのような場所ではないかと想像します。

洋の東西が変わって日本では、この幻想的な光の環のことをご来迎(ごらいごう)と呼んで大変ありがたがっていました。虹色の光を背覆った大きな影が、後光さす御仏の姿に見えるためです。面白いことに、ヨーロッパでは妖怪呼ばわりされている光の環が、日本では信仰の対象だったのです。今日まで続く富士山などのご来光登山もかつてはご来迎が目当てだった地域・時代があった可能性があります。

ご来迎に導かれて偉業を成し遂げたのが江戸時代の僧侶、播隆上人です。JR松本駅前で令和の岳人たちを出迎える播隆上人像ですが、上人の見つめる先、槍ヶ岳の開山を語る上でご来迎を欠かすことができません。文政6年、播隆上人は一度開かれたもののほとんど廃道になっていた北アルプス笠ヶ岳の登拝道を村人と共に整備し、山頂に立ちます。雲に包まれた山頂で熱心に念仏を唱えていると、日も傾いた午後4時過ぎ、太陽の反対側の東方に大きなご来迎が出現したというのです。その長い影の先には鋭鋒・槍ヶ岳がそびえていました。み仏のなせる業に心を打たれた播隆上人は、笠ヶ岳の頂上で次の目標に槍ヶ岳の開山を決意しました。その折に「世の人の 恐れ憚る 槍の穂も やがて登らん 我にはじめて」という和歌を詠んだと伝えられています。


「晴れの山」と「雨の山」が隣り合う山梨県北杜市

山梨県北杜市に日向(ひなた)山という山があります。標高は1660mと周囲の山に埋もれてしまう高さですが、JR小淵沢駅周辺から見ると山頂の雁ヶ原と呼ばれる一帯が白く光って見えるので一目でわかります。この山は、今も昔も天気と密接なつながりを持つ不思議な山です。

『甲斐国誌』には、ふもとの人々はこの山を見て天気を占ったと伝えられています。すなわち、雁ヶ原が輝いて見えたら晴れて、濁って見えたら近々雨が降るといった具合です。このような天気の予想は観天望気といい、現代のような天気予報がない時代、必要不可欠な経験知でした。例えば「富士山に笠雲がかかると雨」は今日でも全国的に有名な事例です。

なぜ雁ヶ原が濁って見えると雨が降ると考えられていたのでしょうか。山梨県は晴れやすい県として知られていますが、中でも日向山の位置する北杜市は日本屈指の日照時間を誇ります。一方で、北杜市周辺は八ヶ岳に沸き立った積乱雲の通り道となり、夏の夕立も多い地域であるように思います。近くの山が濁って見えるということは、空気中の水蒸気の量が多く、光が散乱されて白っぽく見えるということでしょう。とくに盛夏のころに朝から山が濁って見えたら積乱雲が発達しやすく、雷雨の発生が心配されます。

また、日向山ではアメダスによる雨量の観測が行われていました。源流部の雨量を正確に観測することで、山の奥地で発生する土石流から流域住民を守ることが狙いです。何度か観測場所を移動しつつ、長らく県民に親しまれていましたが2009年11月に観測を終了。現在は、山頂から少し下った登山道のわきに当時の機器だけが残されています。日向山にある雨量計は『高標高雨量観測装置』というもので、強風が吹く山頂部でも雨滴をしっかり補足するための工夫が凝らされています。

日向山と天気との不思議なつながりはこれだけではありません。隣のピークの雨乞岳は名前の通り天に雨を乞う舞台となったことに由来します。全国に「雨」とつく山は数多くありますが、隣に「晴れ」を感じさせる山が並んでいるのは珍しいことだと思います。この周辺の人々は、山と天気の特別なつながりを山名で表現しようとしたのでしょうか。



【参考】

・前田直己「日本におけるブロッケン現象の理解に関する歴史的考察」(山形大学紀要(農学)第17巻 第 4 号:365-372. 平成29年 2 月)

・「山梨百名山」(山梨日日新聞社)


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