梅雨時の青々とした芝草や雑草の中に、棒にクルクルとピンクのリボンを巻きつけたような、面白い草花を見かけたことがありませんか?美しい自生ランの多くが各地で絶滅や絶滅寸前に追い込まれている現在、日本人が身近で見ることの出来るごくわずかの野生ランの一種がネジバナです。草刈りで刈られてしまうことも多いのですが、近づいてみればまぎれもなくカトレアや胡蝶蘭と同じ構造をした美しいランであることがわかります。このネジバナ、植物界の超個性派集団・ランの中でも特異な生き様を見せる花なのです。

明るい緑の中でピンクのネジネジが自由奔放に踊ります
明るい緑の中でピンクのネジネジが自由奔放に踊ります

小さくても無視されていても…立派なランの花です

ネジバナ(捩花 Spiranthes sinensis var. amoena)は、ラン科ネジバナ属に属する多年草で、公園の芝生や空き地、草原などの、日当たりの良いやや湿った場所にしばしば群生する、ラン科としては異例中の異例の人里植物です。

花期は5~9月頃ですが、一般的に6月中旬から7月中旬頃までのまさに梅雨時によく見られます。ちょうど今くらいの時期から、公園の芝草や雑草に混じり、細く直立した茎に巻きつくようにピンク色の小さな花を何十個もつけます。このらせん状の独特の花姿から、「捩(ね)じ花」と名づけられています。独特の花序ばかりが注目されがちですが、1センチにも満たない小さな花に近づいてみてください。思いのほか、その美しさに驚くことでしょう。

ネジバナが属するラン科は、花を咲かせる被子植物全体の中でも多様性に富み、植物界の中でもっとも進化した一群である、と考えられています。多くの種で花は目立って大きく、その形態や色、生態も多様で独特です。

ラン科の花から分岐したユリ科と同様、単子葉植物の花の特徴を備える三数性(花を構成する組織が3で構成されている)で、子房は三心皮、花萼(外花被片)が3、花弁(内花被片)が3で、花萼と花弁は互い違いの三角形をなし、ちょうどイスラエルのダビデの星のような、六芒星形(ヘキサグラム hexagram)をなします。ただしこの六芒星形、ラン科のほとんどの花は茎に対して180度ねじれていて、つまり逆立ちしているのです。本来頂点にあるべき内花被片は真下に向いており、この真下になった花弁がつぼ型、受け皿型、あるいは虫に擬態したりと、さまざまに変化を見せます。これを唇弁(リップ)と言い、ラン科の花の大きな特徴ですが、ネジバナのリップも純白で光沢のある突起があり、縁はフリル状で、細やかで愛らしい造形をしています。花は地面にほぼ平行か、やや下を向いて咲き、半平開します。三枚の外花被片と二枚の側花弁は鮮やかな桃紅色、または薄桃色で、瑞々しい梅雨時の緑の中で、一際鮮やかです。

近づいて見た人は、誰もがその花の造形の美しさに驚きます
近づいて見た人は、誰もがその花の造形の美しさに驚きます

ややこしい!植物の右巻き・左巻きの定義も「ねじれて」いた

ネジバナの花序がなぜねじれて咲くのか。その理由はさまざまに憶測されてきました。単にねじねじというだけでも目を引くのに、ねじれの方向が右巻きや左巻きだったり(その発現比率はほぼ1:1だと言われています)、またねじれの巻き具合も、きついものからゆるゆるの個体、ほとんど巻かずにほぼ縦列になっているものなど、同種の中で個体差が大きく、不思議がられてきたようです。

ちなみに、植物の「右巻き・左巻き」については、観察者の視点から見て支柱の左下から右上へとのぼるのを右巻き、右下から左上へとのぼるのを左巻きとすることが多いのですが、この定義は、軸を中心に右方向に回ること(時計回り)を右巻き、左方向に回ること(反時計回り)を左巻きという定義とは実は真逆になっています。観察者視点の右巻きと左巻き、植物主体の時計回りの右巻きと左巻き、どちらを採用するかはややこしいことに文献や研究者により異なり、決着が付いていないようです。

観察者視点で巻き方を見ると、アサガオやフジの蔓の巻き方は右巻き、ヘクソカズラやスイカズラは左巻きなど、蔓植物の支持体への巻きつき方は、種によってどちらかに決定されていて、右巻き(観察者主体定義)のものが多く、左巻きは少数派のようです。蔓植物は茎の巻き方が決まっているのにネジバナの花序のねじれはどちらも発現します。この違いは何なのでしょうか。

蔓植物の場合、茎の先端の成長点が茎の全周をぐるぐると移動します。これにより首を振るように回旋運動をしてからみつく支持体を探し当てる習性があります。どちらかに決定されていなければ回旋出来ないため、成長点の移動の方向により、種の右巻き・左巻きが決定されているのです。一方、花は葉の変態したものですから、花序も花の構造も、葉序(葉の並び方・付き方)と同様の法則に支配されています。節ごとに葉がつく互生葉序では、上の葉が下の葉の真上にかぶり光合成を阻害する非効率が生じないよう、角度をつけて葉が出てきますが、ずれていればいいので方向を決定する必要はありません。ネジバナの花序も同様で、このためねじれが途中で逆になる個体も存在します。

ネジバナの花序がそもそもなぜ「ねじれる」必要があるのか、確定された説は今のところありませんが、仕組みは解明されています。

ネジバナの花茎は上方に行くほど強くねじれており、外皮付近に厚膜組織があります。この厚膜は一定ではなく、茎に対して真横についた花組織の付け根の右もしくは左のどちらかが分厚く、反対側は薄くなっています。観察者側から見て右側の厚膜が厚い場合、厚膜に押されるように花は左へと押されつつ開きます。同時に上方向に茎自体も成長するため、左上へねじ上がる(左巻き)ことになります。左が厚い場合は右に押されて右巻きになるわけです。

ネジバナは、仲間のほとんど全てのラン科が、湿気が多く、着生する植物や腐食有機物、菌が豊富な森の奥の日陰に生育するのに対し、日当たりの良い草地を生息場所として選んだ変わり者のランです。日当たりの良い平原を席巻しているのは圧倒的にイネ科の植物です。この環境に適応するためにイネ科は葉身を細くし、珪素を積極的に吸収して、葉や茎表面にクチクラ層を形成して水分の蒸散を防ぎ、硬い外皮で動物からの過度な食圧に抵抗します。ネジバナは、イネ科のように多量の珪素を吸収消化することは出来ませんから、その代り厳しい日射や強風に耐えるために、細い花茎にひねりを入れることで強度を増すとともに、体表面積を減らしているのではないでしょうか。優雅に伸びた花柄を持つラン科でありながらも、ネジバナの花はまったく柄はなく、茎と一体化した苞に密着しています。カプセル型の苞は、イネの花の外皮の籾のようにも見え、蕾のときの花穂も、イネの穂に似ています。ネジバナの独特のねじれた花序は、草原で生きる決意と工夫があらわれたものなのではないでしょうか。

日本の野生ランの王様・クマガイソウ。発達したリップを持ちますが構造はネジバナと同じ
日本の野生ランの王様・クマガイソウ。発達したリップを持ちますが構造はネジバナと同じ

ネジバナの別名「もじずり」とは?

ネジバナにはモジズリ(綟摺)という別名もあります。この別名、百人一首の14番ともなっている、

陸奥(みちのく)の しのぶもじずり たれゆゑに乱れむと思ふ 我ならなくに

(古今集 河原左大臣)

この「しのぶもじずり」と関連づけられて語られることが多いのですが…みちのく(奥州)の王朝時代の初期、綾形石と称する紗綾(さや)形の紋様が生じる岩に、着生羊歯(シダ)の一種・シノブを散らし、この上に布を置いて染色植物でこすり、魚拓や版画のように岩や葉の模様を写し取って染色する染物「しのぶもちずり絹」が特産だった、と伝わっています。

現在でも、その名残として、福島県福島市の普門院には「文知摺(もちずり)石」があり、百人一首の有名歌ゆかりの地として後年、松尾芭蕉や正岡子規が訪れています。河原左大臣とは、平安初期の嵯峨天皇の皇子・源融(みなもとのとおる)のことで、何とあの『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルの最有力候補とも言われる伝説の人物。こんな有名人ばかりのエピソードに関係していたらいいのですが、実際にはネジバナはこの伝説にも百人一首にも関係はありません。

おそらく、ネジバナのねじれた花序が、「捩る(もじる)」つまりねじる、ひねる、という言葉が「もじずり」にイメージ転化されてネジバナの別名になっていったということなのでしょう。江戸時代中期には、ネジバナをもじずりと呼んでいたという記録もあります。

英語名はlady's tresses(貴婦人の巻き毛)という優雅な名前や、pearl twist(真珠巻き/ヨーロッパのネジバナは白花が多いようで、この名もよくわかります)で、英語圏でもネジバナの独特の花姿は印象的で、愛されてきたことがわかります。

単子葉植物は、胚形成の初期の段階で細胞が不均一に成長して軸が曲がり、非対称性をもつ胚が形成され、このため本来二つあるべき子葉が一枚しか形成されなくなります。もともとは双子葉植物と祖先は同一だったのが、かつてあるとき胚形成の初期段階で深刻な異常が起こった個体、あるいは種が、にも関わらずそのまま生き残り成長し、子孫がその異常型を継承しながら独自進化したのが単子葉植物だという説があります。単子葉植物は双子葉植物や裸子植物では当たり前の、髄と輪状維管束、形成層がきれいに整った真正柱構造を形成出来ず、二次肥大成長が通常出来ないため、巨大化・長寿化する杉や樫のような「樹木」を作ることが出来ません。しかしこうした生物的不利を克服するために、菌や他の植物体の利用や、特定の生物との共進化、球根による養分の保持と増殖、珪素を取り込み乾燥地に適応するなど、さまざまな工夫をして独特の形態・生態を生み出してきた一群なのです。人間の主食となる穀物(ムギ、コメ、トウモロコシなど)や海洋への再進出(海草は全て単子葉植物です)、アヤメやユリ、ヒガンバナやスイセン、そしてランなど、草本類を代表する美しい花々へと分岐した彼らは、生物・生命のしなやかさ、そして多様性というものの意味と原理を教えてくれる生きた教材ともいえます。ネジバナの自由奔放なねじれっぷりもまた、多様な生き方の可能性を象徴するものといえるかもしれません。

参考・参照

植物の世界 朝日新聞社

植物の起源と進化 E.J.H. コーナー 八坂書房

文知摺観音 普門院

イネ科と伍して生きていくための工夫がこのねじれとなったのかも
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日本の夏の伝統インテリア・吊りしのぶ。河原左大臣の和歌はこちらと関連します
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