9月8日より、二十四節気「白露(はくろ)」の節に入ります。はや仲秋。コオロギが集き月は冴え、昼夜の寒暖差で夜露は大きな粒となり、明け方、暁の空を映して白く輝きます。ひな鳥の巣立ちも終えた夏鳥のツバメは越冬地の南へと旅立ちはじめ、北からは徐々に冬鳥が渡ってきて、本格的な秋の訪れを実感する時期。がむしゃらに成長し、繁殖した春と夏は過ぎ去り、衰滅の秋冬に備えてしっかりと滋養を蓄える季節へと移行します。

凛とした空気を運んでくる秋の使者、セキレイ

二十四節気は、基準節となる重要な八節気、つまり二至二分四立(冬至・夏至/春分・秋分/立春・立夏・立秋・立冬)を除いた十六節気のうち、七つの節気(雨水、穀雨、白露、寒露、霜降、小雪、大雪)が水に関わる内容となっています。「白露」もその一つで9月7日もしくは9月8日になりますが、今年は8日。
「白露」の節気の七十二候は、中国宣明暦が、初候「鴻雁来(こうがんきたる)」次候「玄鳥帰(げんちょうかえる)」末候「羣鳥養羞(ぐんちょうしゅうをやしなう)」。
一方和暦は貞享暦から宝暦、略本暦通じて同一で、初候「草露白(そうろしろし/くさのつゆしろし)」次候「鶺鴒鳴(せきれいなく)」末候「玄鳥去(つばめさる)」。
宣明暦の「玄鳥帰」が一候後ろ倒しになって「玄鳥去」と一文字マイナーチェンジした他は、中国暦と和暦は異なる内容となっています。和暦白露初候「草露白」は、白露の言い換えで、あまり冴えやキレを感じませんが、次候「鶺鴒鳴」は和暦(貞享暦)の完全なオリジナルで、宣明暦には鶺鴒=セキレイは登場しません。「草の露が白く光る朝。鶺鴒が鳴き渡り、燕たちが南へと去ってゆく。」と三候つなげて読んでみますと、夏が終わった寂寥感と、しみるような爽やかな空気を感じることが出来ます。この寂寥感と爽やかさには、「鶺鴒」が大きく関与しています。「寂寥」と「鶺鴒」は音も似ています。「詩経」では、
脊令在原 兄弟急難
とあり、作りの「鳥」を除いた「脊令」の名で登場します。「脊」は背中・背筋、「令」は新元号「令和」の「令」と同じく様子や姿勢が美しく整ったさま。つまり背筋が伸びて姿勢やたたずまいが端正な様子を意味します。つがいの仲がよいことで有名なセキレイが厳しい原野で互いに助け合うように、兄弟は艱難に向かって助け合いなさい、と説いた詩で、中国でもセキレイは道徳の手本の例えになる鳥です。キビキビとした細身のシルエットは、凛とした秋の風の象徴です。
昨年の「白露」のコラムでも書いたことの繰り返しになりますが、セキレイの仲間はかつては東北以北の蝦夷地に夏場はプチ渡りをし、秋のおとずれと共に暖地に戻ってきました。つまり秋の使者でもあったのです。

日本固有種セグロセキレイが減っている?その原因は…

漆黒と純白のくっきりとした羽色と、チン、チン、と鳴きながら波打つように飛翔する姿が印象的なセキレイ。一般にセキレイとは、スズメ目セキレイ科(Motacillidae)セキレイ属 (Motacilla)に属する鳥類を指し、日本では日本固有種(一部朝鮮半島などにも分布を広げています)のセグロセキレイ (Motacilla grandis /Japanese Wagtail)、ハクセキレイ (Motacilla alba / White Wagtail) 、キセキレイ (Motacilla cinerea / Grey Wagtail) が主要種で、ほぼ全国に分布します。他にタヒバリやビンズイなどの近縁種もセキレイ類にいれる場合もありますし、見た目や生態も似ていますが、ここでは狭義のセキレイに限定します。日本や台湾などの大陸周縁の島国をふくむユーラシア大陸の温帯、亜寒帯、亜熱帯に広く分布し一部はアフリカ北部の乾燥地域にも生息します。
本来開けた平地の川沿いの水辺環境を好みますが、人間を恐れず都市環境にも適応するため、ヒヨドリやムクドリ、シジュウカラなどと同程度によく見かける、ごく身近な野鳥の一種です。大胆で好奇心旺盛な性質で、人のすぐそばに来て挑発するように飛び回り、からかうような行動を取ることもよくあります。このため、各地の言い伝えや神話では、神の伝令のような役割を担い、日本神話ではイザナキイザナミの国生み神話で、両神の夫婦和合を導く役割で登場します。以来、伝統的に婚礼の儀では、セキレイのつがいの細工をあしらった「鶺鴒台」が床飾りとして備え付けられる風習が伝わります。

セグロセキレイ
セグロセキレイ

キセキレイは腹部の体色に鮮やかなレモン色が入り、またハクセキレイやセグロセキレイとは棲み分けをしているため、見分けるのは容易ですが、体色も似ていて棲む場所もかぶるハクセキレイとセグロセキレイは、パッと見分けがつきにくいものです。ハクセキレイは体長21cmほどで、セグロセキレイはそれと同じか、やや小型の傾向がありますが、ほとんど体格や体型は同じと言っていいでしょう。
見分け方としては、
・鳴き声がセグロセキレイは「ヂュン、ヂュン」とややにごり、ハクセキレイは「チチン、チチン」と鐘のような澄んで高い音色であること
・セグロセキレイは頭や背中の黒い羽の部分が大きく、ハクセキレイはセグロセキレイよりは全体に白い部分が多く、特に顔がほぼ白くて、「過眼線」と呼ばれる横棒の黒い線の模様が目を横断している
・ハクセキレイのメスの夏の羽色は黒い部分が灰色になる
などの違いがあるのですが、鳴き声の聞き分けは素人には難しいものですし、セグロセキレイの幼鳥・若鳥はやはり灰色の羽毛をしており、ハクセキレイのメスと見間違えることもあります。
さらには、セグロセキレイにも顔などが白い色になる部分白化がしばしば見られるので、「黒っぽいからセグロセキレイ」とは決め付けにくいのです。セグロセキレイ、ハクセキレイとも、基本種のタイリクハクセキレイから分岐した種と考えられ、特にセグロセキレイは羽色を黒く特化したグループが、日本列島のみで生き残ったという説があります。もともとのタイリクハクセキレイの体色に近いのはハクセキレイのほうなので、セグロセキレイはしばしば先祖がえりのようにハクセキレイに似た体色になる場合があると推測されているのです。実際セグロセキレイの白化個体には大きく2タイプがあり、他の鳥にも見られる白化変異のようにクチバシや足などの色素が薄くなり全体に白っぽくなるタイプと、ハクセキレイの体色のように頬などが白くなり、ハクセキレイに似た体色になるのみでクチバシや足の白化はみられないタイプがあります。
さらにややこしいことに、ハクセキレイの中にもセグロセキレイと見間違うほど黒い部分が多い個体もときに出現するのです。こちらのほうは、セグロセキレイとの交雑の可能性も指摘されています。セグロセキレイとハクセキレイは近縁種なので交雑も可能で、目撃例などもいくつかあるようなので、まれにセグロセキレイとハクセキレイがつがうこともあるようです。
ただ、ハクセキレイはセグロセキレイよりも乾燥化した環境に強く、全国の都市化の進行によりもともとセグロセキレイが繁殖分布していた地域をハクセキレイが侵食し、徐々に駆逐しつつあるのではないか、とも言われています。
筆者の近辺でも、毎日見かけるのはいつしかハクセキレイになり、以前はハクセキレイよりもよく見られたセグロセキレイを見かけることが少なくなってきています。実は貴重な日本固有種のセグロセキレイ。気がついたときには絶滅していた、なんてことがないよう、多くの人に関心を持ってほしいものです。

キセキレイ
キセキレイ

夏の疲れが出るこの時期こそ「羞」を養おう

さて、中国宣明暦の七十二候。初候と次候はともかく、末候の「羣鳥養羞」は字も難しいですし一見何だかわかりにくいですよね。「羣」は「群」の異字で、「群れ」「集団」を現します。「養羞」は「羞を養う」と読み下します。「羞」とは「羞恥」「含羞」などの熟語でおなじみの通り、一般的には「恥じらう」とか「恥」の意味ですが、「美味しいもの、ご馳走を勧める」という意味もあります。「羞」という文字の成り立ちは、羊肉を手で揉んで(肉繊維を断って)柔らかく美味しくしている様子をあらわしたものです。「反哺之羞(はんぽのしゅう)」という成語は、雛の頃に親から口移しで餌をもらい育ててもらったカラスが、長じて年老いた親鳥に、自らがしてもらったように食べ物を運び、孝行に励むという意味のことわざです。
つまり「羞を養う」とは、美味しいものを食べて養生する、という意味で、「羣鳥養羞」とは冬に備え、鳥の群れが秋の豊かな実りを摂取して栄養を貯めることをあらわしています。
転じて人間にも同じことが言えます。
中国では、白露の頃に摘まれた茶を「白露茶」として珍重します。春の若い茶葉のような泡立ちも、夏の茶葉のような苦味もなく、爽やかで甘みとこくがあり、特に老人に人気が高い味だとされます。この時期、晴れの日が多くなり呼吸器が乾燥しがちなため、白露茶を飲み喉を潤すとよい、ともされています。
また「白露鰻鱺霜降蟹」という成語もあり、これは「白露の節気に鰻(ウナギ)と鱺(スギ)、霜降の節気に蟹(カニ)を食べるとよい」という意味です。スギは日本ではあまりなじみがありませんが、外見がサメに似たスズキ科の大型魚で、アジア各地で養殖もされ、高い人気をもつ魚です。日本では一時期「クロカンパチ」という名で売られていたこともありました。ウナギは言わずもがなで、この時期ウナギは太り始めるので夏の疲れを取り、栄養を補給するためにも最適である、とされます。真夏よりも、秋にウナギを食べるほうが理にかなっているかもしれません。
美味しいものも増えてくるこれからの時期。夏の疲れを癒しつつ、鳥に倣って「羞を養う」といきましょう。

埼玉県におけるセグロセキレイ(Motactuagrandis)の羽色変異について (内田博)
日本の野鳥 (山と渓谷社)