明日8月23日より、二十四節気「処暑」の節気に入ります。次節「白露」からは、はや仲秋に入ろうという初秋の後半。新米も本格的に出回りだし、実りの秋を実感し始める頃ですね。夏の初めからさまざまな種が登場して夏をにぎやかに鳴きとおしたセミにとっても、いよいよ大合唱のラストスパートとなります。

セミに五徳あり?処暑貞享暦初候「寒蝉鳴」の意味するものは

芒種(ぼうしゅ)にはじまった生産と生殖活動にいそしむ時期は、処暑に至って次のステージ、実りと豊穣の時期へと移行します。
宝暦暦を基本受け継ぐ現代の七十二候では、処暑初候は「綿柎開(わたのはなしべひらく)」ですが、それ以前の貞享暦の処暑初候は「寒蝉鳴」でした。「寒蝉」=かんせんが何を指すか、一般的には「ひぐらしなく」と読まれていますが、寒蝉とはツクツクボウシのことである、とする説が江戸期では一般的です。「七十二候鳥獣虫魚草木略解(春木煥光)」は
寒蝉ハ和名鈔ニ カムセミ 又クツクツホウシト云 今ハ ツクツクホウシト云蝉ノ一種
としていますし、粟氏千蟲譜もまた、寒蝉はツクツクボウシとしています。七十二候の元祖である宣明暦七十二候の処暑初候は「鷹乃祭鳥(たかすなわちとりをまつる)」で、鷹は陰の金気の鳥であり、また義の鳥とされました。そして、古くは日本ではセミについて、「和漢三才図会(寺島良安)」にも見られるように「蝉有五徳」つまり、セミには五つの徳がある、と考えました。
頭に綬(じゅ/冠の紐=セミの短い触角をそれに見立てています)があるのは「文」すなわち暴力に頼らない知識の徳がある。食べるものが露(実際には樹液ですが)なのは「清」すなわち清らかで穢れのない徳である。季節が来るときちんと律儀に現れるのは「信」すなわち相手を裏切ることのない真面目な徳である。人の作った穀物を食べ荒らさないのは「廉」すなわち恥と分を知る徳である。巣を作らない生き様は「倹」すなわち質素でつつましい徳である。卑しい生き物であるのに、きわめて高潔で気高い虫である、というのです。
貞享暦は宣明暦の空想的な候を廃しつつ、変更に際してはその表していた意味をできるだけ生かそうともしています。「鷹乃祭鳥」を「寒蝉鳴」としたのは、義の鳥・鷹を、五徳の虫・蝉へと置き換えたわけで、貞享暦編纂者・渋川春海の広く深い知識を垣間見ることが出来ます。

アブラゼミとヒグラシ
アブラゼミとヒグラシ

アブラゼミの特異な?体色の不思議

昔の学者にこうまで称えられたセミ。カメムシ目(半翅目)セミ上科(Cicadoidea)に分類される昆虫で、世界には何と2000種ほどもが知られ、このうち日本国内には35種が自然分布しています。熱帯から温帯に主に分布し、夏に地上に出現して繁殖行動することから南方系の性質の高い(高温に強く低温に弱い)昆虫です。
35種の日本産のセミの大半は島嶼、半島などに偏在し、基本となるのは10種に満ちません。このうち山奥などの人里はなれた場所ではなく、生活圏近くで普通に蝉時雨として聞かれる種となると、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシ、ニイニイゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシの六種ということになるでしょう。本当は里山環境に適応したかわいらしいチッチゼミも入れたいのですが、最近は見かけなくなってしまいました。更にこの中でもアブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミが、日本のセミの三大主要種、と言っていいでしょう。
アブラゼミは日本全土でもっとも繁栄している種といえますが、大阪を中心とした関西地方の都市部では近年クマゼミ(Cryptotympana facialis)が圧倒的に繁殖し、アブラゼミを駆逐してしまっているようです。クマゼミは全身が黒っぽく、日本のセミの最大種で体長6~7cmほどになります。一つの木に集まり、大合唱のコロニーを形成する性質があります。ミンミンゼミ(Hyalessa maculaticollis)はどの地域でもナンバーワンになるほどにはいませんが、まんべんなく二番手か三番手につけているようです。平坦な場所より、傾斜のある斜面の水はけのよい土地を好み、エメラルドグリーンの射すきれいな体色から、浪曲師のような渋い鳴き声ながら、「セミの貴族」という異名も持ちます。
アブラゼミ (Graptopsaltria nigrofuscata)は日本のほか、中国北部・朝鮮半島にも分布する体長5~6cmの大型のセミ。数が多く、体色も鳴き声もパッとしないと思われているため、ぞんざいにあつかわれがちなセミです。セミの翅はほとんどが透明なのですが、アブラゼミは完全な不透明翅で、世界的にも珍しいタイプです。全身は黒色で、粉を噴いたように背面や腹部に白い色が入ります。「茶色」と思われがちなアブラゼミの不透明翅ですが、近くでよく見るとそうではないことがわかります。翅脈の表側は金緑色、翅膜は付け根部分には濃紫が多く、先端に行くほど明るい葡萄色をしています。裏返した翅の裏側は赤錆びたような茶色で、外側から見るとこの茶色が表の配色の薄い部分に透けて、表側の濃い紫と葡萄色と交じり合って複雑な模様と色味を作り出し、アールヌーボーの装飾を見るようです。一転飛び立つと、翅裏の明るい茶色が透けて目立ち、このためかつては「赤蝉」とも呼ばれました。このアブラゼミ独特の配色。全身が暗褐色の中に目立つ白いポイントカラーは、お腹側が真っ白なのはともかく、背中の白はむしろ樹皮から浮き立つように見えて保護色的には不利に見えます。日本在来種で翅の不透明なもう一つの種であるニイニイゼミの場合、体も翅も見分けが付かないほど複雑な樹皮の色身と模様で、完璧でほれぼれする隠れ身の術です。それと比べると、アブラゼミの配色はどうも樹皮への擬態としては不完全なように見えてしまうのです。
このカラーリングの意味は、アブラゼミが飛んでいる姿を見ると見えてきます。飛び立ったアブラゼミは、明るい空を背景にすると茶・白・黒の配色で、同じ配色をしたスズメが遠くを飛んでいるようにも一瞬見えるのです。そう、アブラゼミは「遠くに飛んでいるスズメ」であるように擬態し、捕食者の野鳥の目をくらませているのではないか、と筆者は考えます。

本当は美しいアブラゼミの鳴き声。その音色をじっくり聞いてみよう

「アブラゼミ」という名前は、「ジリジリジリ・・・という鳴き声が油を揚げているような音に聞こえるから」という説明がなされますが、疑問が残ります。たしかに鳴き始めと鳴き終わりにつくピッチの遅いパートでは「ジリジリジリ」という音にも聞こえますが、中間部の長い本鳴きの音色は、「ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・」と聞こえる、むしろ高くて澄んだ音色で、「油を揚げる音」には似ていません。鳴き声がアブラゼミの語源、というのは後づけの説に思えますし、またアブラゼミの音色への誤解を生みます。
アブラゼミの語源は、油紙の色味に翅色が似ているためだと筆者は考えます。同じような例として、アブラコウモリ(イエコウモリ)があげられます。少し黄色味を帯びた茶色い被毛が油紙に似ているために江戸期には「あぶらむし」と呼ばれていました。
不思議なのはアブラゼミのオスの近くでツクツクボウシが鳴き出すと、なぜか呼応(対抗?)して体をよじらせたり、鳴き出そうとしたりすることです。他のセミに対しては見せない反応です。さらに、アブラゼミが「シーツク、シーツク、ジュクジュク・・・」とツクツクボウシに明らかに寄せたような鳴き方をするのを聞いたことがありませんか?クマゼミとミンミンゼミの周波数は同じで、ミンミンゼミの鳴き声のピッチを上げていくとクマゼミの鳴き声になる、という比較的有名な説があります(真偽のほどは不明ですが)。このため、鳴く時間帯も午前中でかぶってしまうクマゼミとミンミンゼミは互いに繁殖行動を邪魔しないように住み分けをおこなっているようなのですが、もしかすると、アブラゼミとツクツクボウシにも、それに類する鳴き声の類似性や近縁性があるのかもしれません。
まだ人類が東アジアにさほど定着していない遠い昔、ツクツクボウシのほうがむしろ数としてずっと多く、アブラゼミは少数派で弱い立場で、何とか生きる場を見つけようと模索して、ツクツクボウシの真似をしていた時代があったのだろうか、とつい空想をしてしまいます。身近すぎてつい見過ごされがちですが、アブラゼミは見た目も生態も鳴き声も、魅力や不思議に満ちたセミなのです。

八日目の蝉は元気ハツラツ!樹木とセミのセンシティブな関係

七年地中で暮らすとも、羽化してからの寿命は一週間とも二週間とも言われてきたセミ。しかし、実際には幼虫の地中での生活は、種や地域によって異なり、夏に生みつけられた卵はそのまま越冬して、翌年の梅雨に孵化すると、一齢幼虫は地中へともぐり、約20~70cmほどの深さまで掘り進み、樹液を吸う根に取りついて、土の中でまどろむように時々樹液を吸いながら、長い幼虫期間を過ごします。、この幼虫期間はアブラゼミやミンミンゼミでは3~5年、クマゼミが2~5年、ニイニイゼミも4年前後、ツクツクボウシは2年程度で幼虫期を終えます。それでも、他の昆虫と比べれば幼虫期が長いのは確かなのですが、それには理由があります。セミの幼虫は樹木の根に取り付いて口吻を突き刺して師管(しかん)から栄養を吸い取るのですが、樹木にとって大切な栄養素をふくむ樹液を急激に吸い取ると、樹木自体の自衛反応が起動して、幼虫から樹液を抜き取られないようにしてしまいます。そうならないために、幼虫は少しずつ樹木から栄養を受け取り続け、そのかわり長い期間をかけて少しずつ成長する道を選んだのです。
十分に成熟し、羽化の準備が整った幼虫は地上に這い出てきます。まだ日のあるうちに穴を開け、しばらくは出口で外の様子を伺います。天候や危険の有無などを確認し、いけそうだと判断すると夜の訪れとともに地上に這い出てきて、しっかりとつかまって羽化できるだけの強度と翅を伸ばせるスペースと安全で目立たない場所を探して羽化をはじめます。
背中の殻を割り、体を反らせて(セミ・バウアー)全身を殻から抜き取ると、翅脈に体液を送り込んで、ぬれてしぼんだ翅をしっかりと伸ばし乾かします。
羽化に成功したセミのオスは、その後すぐ鳴き出すわけではありません。完全に成熟して腹弁を激しく震わせて大音量を出せるようになるまでは、そこからさらに4~5日を要します。鳴かないメスも同様で、交尾が可能になるまでは、羽化してから一週間弱の期間を要します。その後、オスは自分の鳴き声に引き寄せられてきたメスの何匹かと交尾し、捕食されたりしない限りおよそ3週間から一ヶ月ほど生き抜いて死んでゆきます。メスは一度だけ交尾をすると、樹液が多く根が太い大きな木の枯れた枝の樹皮を産卵管で削り、奥に丁寧に米粒のような卵を一つずつ丹念に産み付けていきます。その数は、アブラゼミで300、ニイニイゼミでは800ほど。10日以上かけて産卵をしたあと、メスも力尽きて死んでいきます。オスよりもやや長命とも言われますが、それでも成虫での生存期間は一ヶ月前後です。
私たちの身近でともに酷暑や台風に耐えた小さな隣人たち。今年も、そろそろ彼らの「熱い」季節は終わろうとしています。行く夏とともに、その精一杯の一生も、合唱に聞き入りつつ惜しみたいと思います。
栗氏千虫譜. 第3冊
和漢三才図会
七十二候鳥獣虫魚草木略解