夏の風物詩!花火大会の起源と、江戸の夜空を彩った二大屋号「鍵屋」と「玉屋」

2019/08/03 11:30

夏休みの思い出といえば、「花火」という方も多いのではないでしょうか。8月に入り、全国各地で花火大会が行われていますね。この週末からお盆にかけては特に多くの開催があり、日本中で夜空を華麗に彩る花火を見ることができます。 今回は、花火大会の起源となった行事と、江戸時代の二大屋号「鍵屋」と「玉屋」にまつわるエピソードをご紹介します。

江戸っ子の夏の行楽、隅田川の「川開き」から「花火大会」へ 花火大会のはじまりは、8代将軍徳川吉宗の時代まで遡ります。江戸時代の享保18(1733)年5月28日に両国で大花火の第一号が打ち上げられました。これは、「隅田川の川開き」にちなんだものでした。 元禄時代には江戸随一の人気盛り場となっていた両国周辺。特に賑わいをみせるのが、隅田川の川開きが行われる5月28日からの3か月間です。花火が打ち上げられ、屋形船が行きかい、江戸っ子たちも大いに納涼シーズンを楽しんだのです。 明治に入ると新暦(太陽暦)が採用されたことで、川開きは7月中旬から下旬にかけて行われるようになります。その後、戦争や交通上の問題などから、昭和36(1961)年に花火大会は姿を消してしまいますが、17年の時を経た昭和53(1978)年、「隅田川花火大会」と名を改めて再開されます。今年は7月27日に行われ、100万人近い人出で賑わいました。隅田川花火大会は、今も東京で最も大きな花火大会として人々を魅了しています。
花火のかけ声「たまや~」と「かぎや~」の由来とは? 江戸時代、隅田川での打ち上げは「鍵屋」が受け持っていましたが、1800年代に入ると鍵屋から暖簾分けした「玉屋」も加わり、花火の競演が繰り広げられるようになります。両国橋を隔てて上流を玉屋、下流を鍵屋が担当するようになり、花火師が技を競い合い、盛り上がりは増していったのです。 鍵屋と玉屋が交互に花火を打ち上げ、見物客は気に入った方の屋号を呼びました。花火見物でおなじみの「たまや~」「かぎや~」のかけ声は、ここからはじまったのですね。 残念なことに、この競演は長くは続きませんでした。玉屋は幕末の1843年、失火事故により一代限りで断絶してしまいました。当時の火事は重罪で、江戸処払い(追放)を命じられたのです。一方、鍵屋は現在も「株式会社宗家花火鍵屋」として存続しています。 私たちには「たまや~」の方が耳馴染みがあるように思いますが、なぜなのでしょうか。江戸時代の川柳に、「かけ声は玉屋のものばかりだ」という逸話が詠まれたものがあるそうですが、玉屋が人気を集めていたことが理由なのでしょうか。 夜空にぱっと散る花火のように、儚く消えた玉屋。江戸っ子たちが玉屋に思いを馳せて、その後も「たまや~」と声をかけ続けていたのかもしれませんね。 今年も猛暑が続きますが、暦のうえでは8日に立秋を迎えます。過ぎ行く夏を惜しみながら、夜空に大輪の花を咲かせては消えていく、花火ならではの風情を味わいたいですね。 参考文献 岡田芳朗・松井吉昭『年中行事読本』 創元社 2013

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