日本の夏・昆虫の夏。アゲハチョウの美しい翅は、ミステリアスな歴史のつづれ織りだった 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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日本の夏・昆虫の夏。アゲハチョウの美しい翅は、ミステリアスな歴史のつづれ織りだった

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ジャコウアゲハ

ジャコウアゲハ

カラスアゲハ

カラスアゲハ

ナミアゲハの幼虫

ナミアゲハの幼虫

近所(千葉県)に現れたナガサキアゲハ

近所(千葉県)に現れたナガサキアゲハ

いよいよ盛夏を迎えました。子供たちには長い夏休み。時代が昭和から平成、そして令和へと代わっても、虫捕りは変わらない夏の楽しみでしょう。カブトムシやクワガタなどの大スター(もっとも、これらの大型甲虫の人気がブレイクしたのは戦後のことです)、鳴き声も、夜間の劇的な羽化の観察も楽しいセミ類、アジリティの高いトンボやカマキリやバッタ類、きらびやかなタマムシやカミキリやカナブン、田んぼの水生昆虫のタイコウチやミズカマキリ…そしてまるでタペストリー(つづれ織り)のような精妙な模様と色彩の翅をはばたかせるアゲハチョウの仲間も、身近でよく見られる美しい昆虫です。

子供たちはチョー偏食!華麗なるアゲハチョウ一族とは

日本国内で普通に見ることの出来るナミアゲハ(アゲハチョウ)、キアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、アオスジアゲハなどは、チョウ目アゲハチョウ上科アゲハチョウ科に属し、南極大陸をのぞく全世界に現在550種ほどが知られる、チョウ目の中でもっとも大型種が多い科で、日本在来のチョウの最大種もアゲハチョウ属のモンキアゲハです。
広義ではアゲハチョウ科全体を「アゲハチョウの仲間」としますが、この場合ウスバシロチョウなどのアゲハチョウ「ぽくない」種も入るため、狭義ではアゲハチョウ属/族(Papilio)のみをアゲハチョウともします。ただしその場合、多くの人にアゲハの一種と認識されているアオスジアゲハやミカドアゲハなどのアオスジアゲハ属/族(Graphiini)や、見た目はクロアゲハともよく似たジャコウアゲハ(Byasa alcinous /ジャコウアゲハ属)やギフチョウ(Luehdorfia japonica/ウスバアゲハ亜科ギフチョウ属/族)がアゲハの仲間から除かれてしまうので悩ましいところで、筆者は広義のアゲハを採りたいところです。
日本ではナミアゲハ(並揚羽 並鳳蝶 Papilio xuthus)がもっとも一般的な基本種とされますが、ヨーロッパなどではキアゲハ( 黄揚羽 Papilio machaon Linnaeus,1758)が、リンネの指定した最初のチョウの種として、アゲハチョウ属全体の基本種になっています。英語でSwallow tail(ツバメの尾)というときは、このキアゲハのことを指しています。ちなみにナミアゲハは英語ではChinese swallow tailとなります。ナミアゲハとキアゲハは成虫の姿かたちはよく似ていて、白地の部分がナミアゲハは白に近いクリーム色なのに対してキアゲハはプリンのような黄色っぽい色をしているのがもっともわかりやすい違いではありますが、よく見ないと見間違えるくらいに似ていますよね。でも、生態はかなり異なっていて、ナミアゲハがカラタチやミカンやサンショウなどのミカン科に特定して卵を産みつけて幼虫はミカン科の葉のみを食草とするのに対し、キアゲハの幼虫の食草はセリ科。ニンジンやパセリ、ミツバやセリなどに特定して取り付いて食べ、成長します。幼虫の外見も、ナミアゲハの幼虫(二齢以降)がおなじみの全身ほぼ緑色の姿なのに対して、キアゲハの幼虫はトラのような黒いしまが入ります。
アゲハチョウの仲間の成虫はさまざまな花の蜜を吸って生活しますが、幼虫の多くは特定の草本種のみを特化して食べる偏食です。先述したようにナミアゲハがミカン科、キアゲハがセリ科、クロアゲハはさらに偏っていてミカン科の中でも野生種のみ、ジャコウアゲハはウマノスズクサ科、アオスジアゲハはクスノキ科、ギフチョウはカンアオイのみ、といった具合。移動能力の乏しい幼虫のために、卵を産み付ける成虫のメスはこれらの草本の種を正確に峻別できなければなりませんが、その峻別能力の仕組みは長い間謎でした。2011(平成23)年、日本のJT生命誌研究館の研究チームが、メスのナミアゲハの前脚付節感覚毛に存在する、ミカン科から発せられる産卵刺激物質シネフリンに感応する受容体の存在をゲノムレベルで同定し、つきとめました。親チョウは、足にある受容体で感応して、草本の種類を見分けていたのです。

古代日本。奇怪不可解な常世蟲事件とアゲハチョウ

ところで、「チョウ」という日本語の昆虫名は、漢語の「蝶」の音読み(dié ティエ)から来るもので、対応する訓読みはありません。ということは、外来語が伝わるまではチョウには呼び名がなかったようにもとられますが、10世紀初頭頃に成立した漢和辞書「新撰字鏡(しんせんじきょう・昌住撰)」によれば、古来日本では蝶を「加波比良古」=かはひらこと称していたと記されています。現在でも地方の方言ではチョウを「ひいる」「ひひる」と呼ぶ地域もありますが、一般的とは言いがたいですよね。川などの水辺でよく見かけ、ひらひらと飛ぶ様子からでしょうか。オノマトペから来る「ひらこ」という呼び名はかわいらしいですし「チョウ」よりも日本人的な感覚からはしっくり来る気がするのですが、なぜかこの言葉は廃れてしまいました。一説ではチョウを古来日本では死者の魂に見立てる信仰があり、不吉なものとしてとらえていたために、その名を人々が口にしたがらなかったからだ、とも言われます。が、千虫譜などの古い博物図鑑を見ますと、江戸時代以前の人々はチョウと蛾を同じものとして見ていて区別しておらず、前述した「ひいる」「ひひる」も、チョウだけではなくガの意味でも使われました。「倭名類聚抄(935年頃 源順)では、今で言うモンシロチョウ属を「野蛾」と記しています。「蛾」=ガというのも、漢語の読みから(呉音・漢音とも)から来ています。ガを死者の魂に見立てることは、きれいなオオミズアオやシンジュサンでも聞きません。万葉集でも、チョウやガについて歌ったものは、チョウについてはあの「梅花の宴」の序文にあるのみですし、ガについては、養蚕業が渡ってきたことからカイコについて歌ったものが五首ありますが、その他のガについては一切書かれていません。現代人にはチョウの意匠は花とセットで、華美なイメージの典型の一つですから、華麗な王朝文化とチョウとが、こうまで乖離しているのは不思議な気がしませんか?
「日本書紀」に、皇極二年(644年)の七月、大生部多(おおふべのおお)という謎の人物により突如虫を崇拝する新興宗教のブームが巻き起こった不思議な事件が記されています。
東國の不盡河(ふじのかは/註・現在の静岡県富士川)の邊の人 大生部多、蟲祭ることを村里の人に勧めて曰はく、「此は常世(とこよ)の神なり。此の神を祭る者は、富と壽(いのち)とを致す」といふ。 (中略) 此の蟲は、常に橘の樹に生る。或いは曼椒(ほそき/註・山椒の古語)に生る。其の長さ四寸餘、其の大きさ頭指許(おほゆびばかり)。其の色緑にして有黒點(くろまだら)なり。其の皃(かたち)全(もつぱ)ら養蠶(かいこ)に似れり。(日本書紀 巻第二十四 皇極天皇)
常世の神と崇められる「蟲」の特徴は、明らかにナミアゲハの幼虫です。タチバナの木は「常世国」からもたらされたと信じられていましたので、その木に必ずつくナミアゲハの幼虫もまた、常世との関係がある、と考えられたのでしょう。この事件は、聖徳太子の側近・秦河勝がなぜかしゃしゃり出て、教祖をうちはたして沈静させてしまいます。古代史の大クーデター、乙巳の変(大化の改新)の前年の出来事で、なにやらいわくがありそうです。
そんな事件があったから、ということなのかはわかりませんが、上代から中世にかけて、カイコをのぞけばチョウ・ガの仲間はきわめて陰が薄く、言及が避けられているかのようです。特にアゲハチョウは、スジグロシロチョウが漢文の詩集懐風藻(751年)」や新撰万葉集上巻(893年)などに登場するのに対し、これほど目立つ昆虫にもかかわらず、取り上げられることはありませんでした。

アゲハはどうして「アゲハ」っていうの?その名のホントの意味は

ところで、アゲハチョウの「アゲハ=揚羽」とはどういう意味なのでしょうか。あらためて考えてみると意味不明な名前とは思いませんか?明治維新の後、欧米的な生物分類学が取り入れられて編纂された「動物書」(安本徳寛 1885年)では、安本は今で言うアゲハチョウ科を 「鳳子蝶科」という呼称にしています。なぜならもともと、アゲハチョウは中世から近世、「ホホテフ」=鳳蝶(ほうちょう)と呼ばれていたからです。現在でも、漢字表記で「揚羽」以外に「鳳蝶」という字も当てられます。
江戸時代前期の百科事典「訓蒙図彙」(中村惕斎 1666年)には、ナミアゲハのイラストとともに、「鳳蝶 俗名云あげは 鳳子 鳳車 鬼車」とあり、鳳蝶(ほうちょう)が正式名であり、鬼車や鳳子と並び、あげはという俗名もある、と紹介されています。
現代の辞書などの説明では、この「あげは」という名について、空に舞い上がるように飛ぶから「上げ羽」なのだとか、「揚げる」という言葉には「芸者を揚げる」など、今で言う「アゲアゲ」と同じ意味があり、派手な羽根をもつ大型の蝶だから、盛り場、色町のウキウキの雰囲気を表したためだとかいう説明が見られます。でも、チョウの中でアゲハチョウが特別高く空に舞い上がれるわけではなく、飛翔能力ではタテハチョウなどのほうが優れていますし、同じ翻翔型タイプのモンシロチョウと比べても、モンシロチョウのほうが上下移動を巧みにするなど、「上げ羽」は根拠は薄いものです。色町・遊郭などが語源と言うのなら、女郎蜘蛛、女郎花などのように、女郎蝶などの名になりそうなもので、こちらも典型的な俗説です。「アゲハチョウは翅を揚げているから」という説明もよく見られます。どういう意味かわかりません。チョウ類は総じて静止時や吸蜜時に翅を立てて(揚げて)います。そんな中、アゲハチョウは吸蜜時は翅をはばたかせ、静止時にはガのように翅を広げて(伏せて)留まるので、むしろ「揚げ羽」の名にもっともふさわしくないチョウ、とすら言えます。
「アゲハチョウ」という名は、桓武平氏の一族で平将門の従兄弟にあたり、終生のライバルだった平貞盛、その子孫である清盛ら伊勢平氏が、平安末期に「揚羽紋」を使用し始め、さらに室町末期、平氏の末裔を自負する織田信長が「揚羽紋」を使ったことで、武士階級の間で人気の家紋となったことと関係があります。この揚羽紋とは、翅を立てた=揚げた蝶が描かれた紋で、それまでの蝶紋は、翅を広げた形の「臥蝶紋」だったため、この紋を「揚羽蝶紋」と呼び習わすようになったのです。「揚羽蝶」とは、本来種を指す名前ではなく、「翅を立てた(揚げた)蝶の姿」を意味する言葉でした。そして、紋を見ればわかるとおり、揚羽紋でデザインされた紋は後翅にアゲハチョウのような伸び出た突起があります。揚羽蝶紋のモデルになったのは、鳳蝶、今で言うアゲハチョウでした。ですから揚羽紋で描かれた鳳蝶を、次第に「揚羽」と呼ぶようになった、と言うのが事実です。近年、南方種であるナガサキアゲハ(Papilio memnon)が北陸や関東、そして最近では福島など東日本でよく見られるようになっています。ナガサキアゲハは地球の気候温暖化の指標生物として注目されいるのです。アゲハの仲間ではありませんが、かつては奄美諸島にしかいなかったアカボシゴマダラも、各地で普通に見られるようになってきています。アカボシゴマダラに関しては奄美由来ではなく、大陸や台湾からの外来種ではないかと言う推測がされていますが、チョウの世界にも気候変動の影響が顕著に見られるようになってきているようです。

参照
日本古典文学大系 日本書紀 下 (岩波書店)
栗氏千虫譜
蝶の科名の語源 松井松太郎
アゲハチョウが植物を見分けて産卵する仕組みを解明


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