二十四節気「芒種(ぼうしゅ)」。イネ科植物の天下、そのはじまりの季節です 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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二十四節気「芒種(ぼうしゅ)」。イネ科植物の天下、そのはじまりの季節です

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明日6月6日より、二十四節気の「芒種」。芒種は、節気の中でももっともマイナーな節気ではないでしょうか。ちょうど本州が入梅する時期にあたり、だったらいっそ節気も「芒種」じゃなくて「梅雨」にしたらいいのに、という声もよく聞かれます。言い分はわからなくはありませんが、芒種には実は深い意味があるのです。芒とは、イネ科の中でも穀類として食用になることの多い花・種子の外殻にある、概ね固い針のような毛・棘「ノギ」のある種類のこと。ですから、「芒種」とは、多くのイネ科の植物の穂が成熟して実=種子が出来る頃を意味します。ほとんどの歳時記で「イネ科の作物の撒種をする頃」としていますが、これは厳密に言えば間違いです。二十四節気や七十二候で農事そのものが表されることはないからです。

点ではなく線で捉えよ!二十四節気の極意

二十四節気は、古代中国文明の中で徐々に成立していったもので、最初はもっとも大切な基準点である夏至と冬至(二至)が、ついで春分と秋分(二分)が設定され、さらにその中間点に立春・立夏・立秋・立冬(四立)が成立します。この八つの大切な節気の間にそれぞれ二節ずつがさらに配されて、二十四の節気がはじめて勢ぞろいしたのは、文献上では「淮南子」(淮南王劉安・BC2世紀ごろ)の「天文訓」の巻です。「芒種」もこのとき登場します。特に意味には言及されていませんが、「天が陰を發しなければ萬物が生育せず、地が陽を發しなければ萬物が成熟しない。」と、初夏から仲夏にかけての季節の持つ特性をあらわしています。
かたや日本では、「こよみ便覧」(太玄斎=松平頼救 1787年)で「芒種」の節を
芒(のぎ)ある穀るい、稼種する時なればなり
と解説しています。24ある節気の中で唯一、「穀類の稼種」(稼種とは、穀類をうえつけることや実った穀類を言います)という農事、野良仕事のことである、としていて異様さが目を引きます。実際、前節小満の末候は「麦秋至」であり、麦の実りと取り入れの時期にも当たるし、また粟や稗などの雑穀の、夏撒きの時期にも当たります。しかし、この解釈は間違いです。七十二候の秋分の末候「水始涸(みずはじめてかる)」の解説の折にも述べたことですが、二十四節気や七十二候は、天体(太陽)と地球の位置関係を元に、寒暖乾湿などの気象や生物の動き・ふるまいに表れる大きな自然の流れ・働きを叙述したものです。そして、人間の営みはその自然の流れに対応して行われるもの。人間の営み自体が叙述に登場することがあるとしたら、おかしいのです。
「芒種」の正しい意味は、その単純な言葉通り。ノギあるイネ科の植物の種子が成熟して実る頃、という意味です。6月に入ると、目だって数多くのイネ科植物が穂を出し、実らせている姿を見るようになります。チガヤ、ミノボロ、カニツリグサ、クサヨシ、カモジグサ、セイバンモロコシ…あげればきりがありません。秋の草の印象の強い「ネコジャラシ」=エノコログサなども、この時期ごろから穂が実り、種をつけているのを見ることが出来ます。こうした植物の、「麦類の種子も成熟するために刈り取りの時期だな」という農事的判断になるのです。
仲夏(芒種・夏至)から晩秋(寒露・霜降)のころにかけての夏、秋はまさにイネ科の植物が次々に実るイネ科の天下。盛夏にかけてはトダシバやヨシ、カラスムギ、ライ麦、そして秋になればススキ、オギ、チカラシバと、次から次へと実りの穂を掲げていきます。芒種とは、こうしたイネ科植物の長い実りの季節に至った、ということを表しているのです。時期はずれだとか日本の季節に合わないとか、卑しめる言説がよく見られますが、わかっていただきたいのは二十四節気の叙述は単にその時期の典型的な気象や風物を並べたものではなく、陰陽思想に基づく大きな流れがあり、それぞれが他の節気とも関連性がある、ということです。「芒種」は、春から続いてきた「生育と成長」の季節から、「成熟と成果」の季節に移行したことを示しています。「梅雨」では、その時期という点のみはあらわせても、流れ=線をあらわすことはできません。
一年の営みは人間の一生とも対応しています。「冬至」に生れ落ちた生命は、次第に強くなる陽気を受けてすくすくと育ち、「啓蟄」で歯が生え変わり幼児から子供に、「清明」で理性的意識が芽生えて少年に、「小満」で第二次性徴と骨格が形成される青年に、そして「芒種」でいよいよ大人、つまり壮年期に入るのです。「芒(ぼう)」は「忙」の意味も併せ持ち、学び働き、育児生産する人生でも実り多い忙しい時期であることも意味しています。
俳句に季語と言う独特のルールを持つ私たち日本人は、どうしても二十四節気や七十二候を、歳時記的な季節の彩り、風情というポエジーなものとして捉えがちです。でも二十四節気や七十二候は、ポエムではなく体系思想に基づく暦学であり世界や人間を理解するための哲学なのです。

芒種に兆す陰気はモズ・カマキリを目覚めさせる?

さて次に「芒種」に割り振られた七十二候の三候見ていきましょう。
中国宣明暦では
初候「螳螂生(とうろうしょうず)
次候「鵙始鳴(もずはじめてなく)」
末候「反舌無声(はんぜつこえなし)」
和暦では、
初候「螳螂生(とうろうしょうず/かまきりしょうず)
次候「腐草為蛍(ふそうほたるとなるめくされたるくさほたるとなる)」
末候「梅始黄(うめはじめてきなり)」(貞享暦)
「梅子黄(うめのみきなり)」(宝暦暦以降)
初候は宣明暦、和暦全て共通ですが、次候・末候が異なっています。蟷螂=カマキリは、孵化したての幼生はゴマ粒のようですが、見た目にもカマキリらしくなって姿を現すのがこの時期。「腐草為蛍」は、ルシフェリンによる不思議な発光をするホタルを、古代中国人も日本人も、腐熟した春の草が化身したものと考えました。日本には中国にはいない水生のゲンジボタルとヘイケボタルがいて、ゲンジボタルはこの時期には現れてきますので、渋川春海は宣明暦では大暑初候に設置されていた候を、日本の風土に合わせて芒種次候に移動しました。梅の実が黄ばんで収穫期になるのは、まさに梅雨の風物そのものですね。
考察すべきなのは宣明暦次候「鵙始鳴(もずはじめてなく)」と末候「反舌無声(はんぜつこえなし)」でしょう。おおよそ鳥の候の種の同定はややこしく諸説あるものが多いのですが、鵙がモズであることは異説も少なく、まずモズで間違いありません。ただ、留鳥であるモズが、この時期にはじめて鳴く(それまで鳴かずにいる)というのは、実際のモズの生態とは食い違っています。実は七十二候に出てくる鷹や鳩、そしてモズなどは、実際のシンボリックな意味合いを持つ存在です。「七十二候鳥獣虫魚草木略解(春木煥光)」では、このモズについて
鵙伯労也 和名鈔ニモズト云 今モ然云ヘリ
曹植悪鳥論云鵙殸喚良故以名之感陰気而動残雪之鳥也ト云 形状ハ不詮ニシテ明ナリ
と叙述しています。少し分かりにくいですが、曹植の「令禽悪鳥論」で語られる周代の軍人・尹吉甫の子の伯奇(はくき)は尹吉甫の後妻の讒言によって家を追い出され命を落とし、後にそれが後妻の嘘であることが分かり尹吉甫は後妻を殺し、息子を偲んで嘆く。伯労(モズ)は伯奇の生まれ変わりで、自身の悲運に悲しげに鳴くのだという伝説があり、それを引き合いに出し、モズは秋冬を支配する陰気に感応する「残雪の鳥」である、としています。つまり、モズが鳴き始めるというのは、夏至が迫りいよいよ陽気が充満しつつあるこの時期に、秋・冬に向かう陰気が既に兆すことをあらわしているのです。これは、冬至直前の陰気のさなかである大雪次候で「虎始交」、つまり陽の動物のトラが陽気を感じてつがいになる、という候に対応しています。さらに言えば、初候の蟷螂も「陰」の虫で、元の呉澄は、カマキリもモズも、夏至の直前に兆したわずかな「陰」の気を感じて活発になりだすのだ、としています。

謎の反舌。賢者たちにも諸説あり

次に末候「反舌無声(はんぜつこえなし)」。一説では反舌は百舌鳥のことで、百舌はウグイスのことで、ウグイスが鳴かなくなる、という意味であるという解説が見られます
実際にはウグイスはよく知られた春だけではなく、夏にも繁殖のためによく高鳴きをします。陰気を支配するモズが鳴き始め、陽気の鳥であるウグイスが沈黙する。原典は「禮記」の月令「螳蜋生。鵙始鳴、反舌無聲。」ですが、ふたたび「七十二候鳥獣虫魚草木略解」をひもとけば、
反舌ハ百舌ナリ 和産ナク舶来モナシ 因ッテ形状考得ベカラズ 古来モズト呼フモノハ非ナリ モズハ前條ノ鵙ナリ
とし、春木は反舌は「百舌」のことで、かつそれはモズではなく、日本にはいない鳥である、としています。
後漢時代の蔡邕(さいよう)や呉澄に至っては反舌を鳥ですらなく蝦蟇、つまりガマガエルのことであるとしました。蝦蟇の舌は先がとがり、内側に曲がっている。これを「反舌」だというのです。早春に盛んに鳴いていたガマガエルは、確かにそのあと見かけなくなり、梅雨明けごろからまたよく見かけるようになります。これは、芒種から夏至ごろに兆し始めた「陰」の気を感応して、声が出なくなり、物陰にこもってしまうというのです。それに対し、「本草綱目」を著した明の李時珍は、「禽部/林禽類/百舌」で、蝦蟇説を退け、ツグミの一種であるとしています。ツグミは日本では冬鳥で、四月から五月ごろ、シベリアに渡っていきますが、日本では鳥としてはごく無口で、冬の明け方、ミミズなどを狙って地面にぺたりと佇んでいる姿を見かけます。ツグミという名も一説では「口をつぐんでいる鳥」という意味から来ているというほどで、そんな鳥が「無声」になったことをわざわざ七十二候にするようにも思われません。一方ツグミの一種のクロナキドリこそが反舌鳥である、という説もあり、だとすると、「七十二候鳥獣虫魚草木略解」の文章とは一致します。
「反舌」とはウグイスかツグミかクロナキドリかはたまたガマか。筆者はガマ説を取りたいところですが、どうでしょうか。こんな話題で議論するのもまた楽しそうですね。
参考文献
淮南子 (小野機太郎 訳 支那哲学叢書刊行会)
「和歌秘伝鈔」 (飯田季治 畝傍書房)
七十二候鳥獣虫魚草木略解 (春木煥光)


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