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「キスリング展」―色彩と陰影の対概念

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展覧会ポスター・正門外観

展覧会ポスター・正門外観

東京都庭園美術館 西洋庭園

東京都庭園美術館 西洋庭園



エコール・ド・パリの夢

「モンパルナスのプリンス」と呼ばれたエコール・ド・パリの旗手キスリングの展覧会が、東京都庭園美術館で開催中です。1919年パリで初の個展の成功を収めてから100年目を迎え、日本では12年ぶりとなる展覧会。19歳でパリへやってきてピカソらより早く認められ、62歳でこの世を去るまで、さまざまな葛藤の中で紡ぎ出した作品の中に漂う、ビタミンカラーの色彩美と陰影は、社交的でありながら頑固な一面を持っていたと言われる作家自身の個性がそのまま表れているようです。肖像画に代表作と言われる作品が多くありますが、初夏の今こそ見てほしい、色彩豊かな自然を描いた作品をご紹介します。

クラシカルな感性とセザンヌへの憧憬

《青い花瓶のある静物》1914年 プティ・パレ美術館近代美術財団、ジュネーブ © Petit Palais Art Modern Foundation, Genève
キスリングは1891年ポーランドのクラクフという古都に生まれ、裕福な家庭で育ちました。美術学校に学ぶ中、印象派やセザンヌの存在を知り、教師からの勧めもあり、19歳で芸術の都・パリへ進出しました。当時はピカソやブラックなどキュビスムに挑む流れの中、キスリングは前衛を否定することなく参考にしながらも、セザンヌなどの伝統的な写実性を大切に描いていました。ある時ピカソに「君は君の描きたい場所に窓を描くことができるのだよ。」と語りかけられて「窓は実際に位置している場所に描きたいのです。」と答えたというエピソードがあるほどです。セザンヌに憧れた青年は、セザンヌを通して自分を見つめ直しつつ、自らの画風を築き上げていきます。

伴侶との出会い~サン=トロぺの風景

《サン=トロペでの昼寝(キスリングとルネ)》 1916年 プティ・パレ美術館 近代美術財団、ジュネーヴ © Petit Palais Art Modern Foundation, Genève
色彩論の発展(シュブルーニ)による補色の発見は、画家へも影響を与えました。キスリングも、色彩をより美しく際立たせるために常に「補色」(お互いに引き立て合う色)を確認しながら色を重ねていったと伝わっています。一見、自然のままに描かれている作品にも緻密な計算がなされていることがうかがえますね。1915年にルネ・グロスと出会ったあとに描かれた《サン=トロぺの昼寝(キスリングとルネ)》(1916年)には、明るい陽射しの中くつろぐ様子にキスリングの幸福な時間を感じることができる作品です。この中でも色彩論にもとづく配色が随所に見られます。特に、前景のルネのドレスの赤とキスリングの青いズボンは奥に描かれた山の色彩と呼応しています。緑の使い方も見事な一枚です。この翌年1917年に二人は結婚し、1919年にキスリングはパリで初めての個展が大成功となり一躍時代の寵児となります。さらに1920年にはオランダ絵画のエッセンスを取り入れ、1922年になるとデ・キリコの影響が見られる作品を描くなど、多くの試みを重ねました。色彩の鮮やかさについては、ポーランドの民族衣装との関連もうかがえ、鮮やかな色彩とは裏腹にメランコリーな印象も民族性によるものという説もあります。

激動の時代ーフランスからアメリカへ

《ミモザの花束》1946年 パリ市立近代美術館 © Musée d'Art Moderne Roger-Viollet
「エコール・ド・パリ」という名称は、1923年に雑誌で使われて発祥しました。当初はパリで活動する異邦人に対する否定的な意味合いも含まれていました。その後、ピカソやフジタなどの活躍もあって、ポジティブな形容詞へ変化していきます。しかし、エコール・ド・パリの画家たちに第二次世界大戦の魔の手が忍び寄ります。ユダヤ系ポーランド人という出自のキスリングですが、ファーストネームを封印したほどフランス人になりたかったのです。しかし、ナチスによるユダヤ人の迫害に対しては反発を隠すことが出来ませんでした。そのため1938年にドイツから死刑宣告を受けてしまいます。フランスにいられないキスリングはアメリカへわたります。パリで「モンパルナスのプリンス」と呼ばれていたキスリングはアメリカでも人気を集め、ニューヨークを拠点に活躍を続け、1946年の夏までセントラル・パーク近郊のアトリエで作品を制作していました。この頃ミモザの絵をいくつか描いています。そのうちの一枚が《ミモザの花束》です。水色の背景に黄色い花を描いています。水色と黄色は色彩論でいう補色同士にあたります。また、よく見ると花びらの一つ一つが立体的で、筆で描いたとは思えない表現ですね。

フランスへ戻り新たな境地へ

ユダヤ人(メランコリー)でありながらフランス人(鮮やか)になりたいと願っていたキスリングは、常に何かのはざまを生きて作品に投影してきたのではないでしょうか。作風は、シンプルかつ鮮やか、存在と虚無、最先端と伝統など、まるで色彩の補色同士のように対極にあるもの同士が綱引きをしているようです。キスリングの最晩年の作品《果物のある静物》は、初期のセザンヌからの影響を色濃くした静物画とは異なります(こちらは写真掲載できないのでぜひ展覧会に足を運んでご覧ください!)。2つの大戦のはざまに時代の空気が作品の土壌となり、キスリングの内面の対概念が結実した作品と言えるでしょう。キスリングは、フランスに戻った後大きな展覧会を開催しますが、その最終日を待たずして突然の最期を迎えました。享年62歳でした。
本展では、キスリングを通して100年前の世界を見ることができます。激動の時代に描かれた鮮やかなメランコリーをご賞味ください。

展覧会概要 他

【展覧会概要】
展覧会名:キスリング展 エコール・ド・パリの夢
会期:2019年4月20日(土)– 7月7日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館+新館ギャラリー1)
問い合わせ:ハローダイヤル 03-5777-8600
休館日:第2・第4水曜日(4/24、5/8、5/22、6/12、6/26)
開館時間:10:00–18:00 (入館は閉館の30分前まで)
その他詳細はリンク参照願います。

出典・引用
展覧会カタログ「KISLING」
トークショー「キスリングの世界ー華麗なるメランコリー」


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