新紙幣の偉人“ゆかりの地”に行ってみよう!~渋沢栄一編~

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新一万円札は“近代日本経済の父”といわれる渋沢栄一 (17:00)tenki.jp

新一万円札は“近代日本経済の父”といわれる渋沢栄一 (17:00)tenki.jp
渋沢栄一は1840(天保11)年、現在の埼玉県深谷市に生まれ、家業の藍玉製造・販売や養蚕を手伝いながら「論語」を学び、「尊王攘夷」思想に影響を受けます。郷里を離れ一橋慶喜に仕えると実力を認められ、パリ万博や欧州見聞の機会を得て先進諸国の実情を学ぶのです。帰国後、明治政府の大蔵省で国づくりに深く関わり、退官後は「第一国立銀行」の総監役に。企業の創設 ・育成にも尽力しました。関わった企業は約500! 名だたる大企業が渋沢栄一によって生まれたといわれます。
そんな偉人「渋沢栄一」の“ゆかりの地”をご紹介します!

旧渋沢邸「中の家」/埼玉県深谷市

渋沢栄一の生誕地には現在、旧渋沢邸「中の家(なかんち)」として、渋沢栄一の妹夫妻によって1895(明治28)年に上棟された建物が残されています。渋沢家の住宅として使われ、渋沢栄一も帰郷した際にはたびたび立ち寄り寝泊まりしたそう。渋沢家は家業が順調で、雑貨屋、質屋なども手掛け大変裕福でした。「中の家」はそれがよくわかる豪奢な屋敷で、立派な梁や広い座敷の広間などを観ることができます。渋沢家の家業の藍玉なども展示されていますよ。
旧渋沢邸「中の家」
■所在地 埼玉県深谷市血洗島247-1
■アクセス 【電車】JR「深谷」駅より車にて約20分
【車】関越自動車道「花園IC」より約30分
■入館料 無料
■天候など諸事情によって条件が変わることがありますので、詳しくは渋沢栄一デジタルミュージアムをご確認ください

渋沢史料館/東京都北区

渋沢史料館は、旧渋沢栄一邸の跡地に残る2棟の国指定重要文化財「晩香廬(ばんこうろ)」・「青淵文庫(せいえんぶんこ)」を施設として1982年に開館しました。「晩香廬」は渋沢栄一が賓客をもてなした洋風茶室で、「青淵文庫」は書庫や応接間として使われていました。渋沢家の家紋に因んだデザインのステンドグラスやタイルが美しい洋館です。1998(平成10)年に増設された本館には、渋沢栄一の生涯と事業・功績に関する資料が収蔵・展示されていて、イベントなども随時開催されていますよ。
渋沢史料館
■所在地 東京都北区西ヶ原2-16-1
■アクセス 【電車】JR「王子」駅南口より徒歩約5分
■入館料 18歳以上300円、小・中・高校生100円※リニューアル工事のため2019年9月1日(日)~2020年3月27日(金)休館予定
■天候など諸事情によって条件が変わることがありますので、詳しくは渋沢栄一記念財団オフィシャルサイトをご確認ください

銀行発祥の地/東京都中央区

渋沢栄一は1873(明治6)年に大蔵省を辞任し、自らが設立に関わった日本初の銀行「第一国立銀行」の総監役(後に頭取)に就任します。そしてこれを足掛かりに数々の企業の創設・育成を手掛けていくのです。「第一国立銀行」は後に「株式会社第一銀行」となり、更に「第一勧業銀行」を経て、現在の「みずほ銀行」となりました。当時の建物は現存しませんが、みずほ銀行兜町支店の南側の壁面に「銀行発祥の地」のプレートが嵌め込まれています。そう、この場所は事業家・渋沢栄一誕生の地でもあるんです!
銀行発祥の地
■所在地 東京都中央区日本橋兜町4-3
■アクセス 【電車】東京メトロ「日本橋」駅もしくは「茅場町」駅より各徒歩3分
■料金 無料
■天候など諸事情によって条件が変わることがありますので、詳しくは清和綜合建物オフィシャルサイトをご確認ください

渋沢栄一墓所(谷中霊園)/東京都台東区

渋沢栄一は多くの人々に惜しまれながら1931(昭和6)年11月11日に91歳の生涯を閉じました。春は桜、初夏は新緑が眩しい谷中霊園の、乙11号1側に渋沢家墓所があります。日本の経済発展の礎を築いた渋沢栄一に感謝と尊敬の念を込めて静かに手を合わせましょう。実は谷中霊園には、渋沢栄一が若かりし頃に仕えた徳川15代将軍・徳川慶喜の墓所もあります。著名な画家や文学者、俳優なども眠っていますので、皆さんにしっかり日本のご加護をお願いしましょう!
渋沢栄一墓所(谷中霊園)
■所在地 東京都台東区谷中7-5
■アクセス 【電車】JR「日暮里」駅南口より徒歩6分
■料金 無料
■天候など諸事情によって条件が変わることがありますので、詳しくは都立霊園オフィシャルサイトをご確認ください

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